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第十二話 アイドル統一協会
しおりを挟む牧場に向かう道中、僕は紅と車中での会話を楽しんでいた。
「それにしても、ミトちゃんにしろ紅ちゃんにしろ、アルスタのメンバーに入れないって、あそこはやっぱり凄いグループなんだね?」
「うん……ミトちゃんが落選したのはよくわかんないけど、わたしは正直伊砂玲於那には勝ち目なかったな……」
「そんなことないと思うよ!歌も踊りもうまいし、紅ちゃんも十分可愛いよ」
「え!そ、そそ、そうかな?」
「うんうん」
「ま、まあわたしが可愛いのは、と、当然だけど……」
「紅ちゃんはクロちゃんのこと大丈夫?」
「え!?」
「好きだったんじゃないの?」
「え、いや、その……うーん、よく……わかんないんだよね。わたしあんまり恋愛したことないっていうか……でも興味がないってわけでもなくて……それでよく一緒にいたクロになんとなく好意が寄って行ったというか……でも、やっぱよくわかんないや」
「そっか」
「そ、それより、あんた、シオンさんの事、す、好き……だったんじゃないの?」
「ん?ああ……どうなんだろ?憧れはあったけど、そもそもコムさんの存在もあったし……あとシオンさん男性だしね。はは」
「そだね。あ、そこ抜けたらそろそろ牧場に着くと思うんだけど……あれ?あの……」
「ん?」
「ここ……どこ?」
「え?ど、どこって紅ちゃんの指示で来たんだよ!?」
「いや、わたしだってこのナビ通りに来たんだけど……このナビおかしくない?」
「やっぱり!?やっぱりこのナビおかしいよね!?」
「うん、全然違うとこ入ってきてる。なんか凄い山の中……」
「これって、このまま行くとどんどん奥の方に入っていきそうだね……」
「取りあえず、そこの道に入ってみよう。抜けられるかもしれないし」
「うん、わかった」
十分後――
「なんか道がどんどん細くなっていくんだけど、引き返した方がいいかな……?」
「うん、な、なんか、ごめん……」
「いや、これは仕方ない。そもそも全部このナビが悪いんだよ。じゃあ引き返すね」
「あ!ちょっと待って!そこに建物がある!人がいるかわからないけど、ちょっと聞いてみよう!」
僕たちは車を降り、古めかしい建物に近づいた。
「なんか、大分古い建物だね。年代物の洋館て感じ……」
「う、うん。ちょっと不気味な感じするわね」
「でも人もいなさそうだし戻ろうか?あれ?今カーテン動かなかった!?」
「ちょっと!怖いこと言わないでよ!わたしそういうのダメなんだから!」
気のせいかとも思ったが、もう少し近づいて確認してみた。
やはり微かにカーテンが動いている。
そしてカーテンの裾のところから人の顔が覗いているのが見えた。
「やっぱ人がいる!」
猿轡で口を押えられた少女だった。
「これって、監禁……されてる!?」
少女は椅子に括りつけられて転がっていたが、目から涙を流し必死にこちらに助けを訴えかけているようにみえる。
「あれって、あの姉妹の一人よね!?」
「だと思う!でもどっちだろ!?」
「どっちだっていいわよ!早く助けなきゃ!」
その時、来た道の方から車が来ているのがわかった。
遠すぎてよくわからないが、運転席に男がいるのが見えた。
なんの根拠もないが、なぜか会ったことのあるような人物のような気がした。
しかし、僕たちの気配を感じたのか、車はこちらに近づくことなく引き返していった。
「今の車なによ!?もしかして誘拐犯!?」
「わからない!でも引き返していったし、取りあえず急いで警察に連絡しよう!」
僕はスマホを取り出し110番に電話をかけた。
場所もわからず、細かい場所は説明できなかったが、GPSで僕たちの位置を確認してすぐに駆けつけてくれた。
双子の少女の一人は怪我もなく、無事に救助された。
救出されたのは姉のララちゃんの方で、妹のレレちゃんは未だ行方不明だった。
もしかして、あの時に見た車の中に乗っていたのだろうか?
それとも全然違う場所に……
僕たちは事情聴取のため、そのまま警察署に赴いた。
第一発見者、そして有力な情報になるかもしれない車の存在のこと等色々尋ねられたが、車に関しては『黒いセダン』というのが辛うじてわかっただけで、車中の人物、人数、そしてナンバーはおろか車種すらわからなかった。
タオさんが電車で迎えに来てくれ、僕たちはタオさんの運転で事務所に戻った。
みんなその場にいて、いつもはすぐ帰る阿久津さんも僕たちの帰りを待っていた。
「おかえりなさい。大丈夫だった!?」
アオが心配そうに出迎えた。
「うん、大丈夫。でも、ごめん。搾りたてのミルクは変えなかったよ」
「そんなのどうでもいいだろ。てか客入ってねえし」
「それにしても、あの誘拐事件てなんなんでしょうね?」
「あたしね、刑事さんと少し会話したんだけど、あの建物って元々は旧アイドル統一協会の所有物だったらしいのよ」
「え!?」
タオの一言に紅が強く反応した。
「アイドル統一協会って、あのカルト教団ぽい集団のことですか?」
「元々名称は違えど、各地にアイドル協会と言ったものが点在してたんだけど、結構ブラックな団体が多くて色々問題があったのよ。それで、アイドルの労働改善、地位向上という名目で立ち上げた団体がアイドル統一協会、通称I統よ。」
「でも、あれって何年か前に解散しませんでしたっけ?」
「うん。立ち上げた当初は大義名分掲げて善人ぶってたけど、蓋を開けてみたら、前にも増して劣悪な環境作りだしたり、保護者からもお金巻き上げたりして、まさにカルト教団そのものだったわ。それで規模をどんどん拡大していったんだけど、ある事件が起きたのよ」
「9.3事件ですか?」
「そう。Q坂さんふらわあ事件。所謂神戸のご当地アイドルなんだけど、そのメンバーの一人が亡くなっちゃったの。それで家族や残りのメンバーたちが立ち上がって、市民団体を結成してI統に抗議したの。その活動が各地に拡がってI統がカルト教団て言うのが世間にばれて、I統は僅か10年足らずで消えていったわ」
「確かに今じゃ全く耳にしないですね」
「でも完全に消えたわけじゃなくて、元々烏合の衆だった彼らは、また様々な団体に分かれて名称も変えて、やくざと手を組んだり、自らが悪に走ったり、今でも当時の残党が悪さしてるのよ。それで今回の事件もその元I統絡みの事件じゃないかって私は踏んでるの」
「ひどい連中ですね……」
「ほんとに!乙女心を弄ぶのは鬼畜中の鬼畜よ!あら?紅ちゃんなんか顔色悪いけどどうかしたの?」
確かに紅を見ると浮かない顔をしていた。
「ううん。今日色々あって、ちょっと疲れただけ……」
「そうよね。今日はあなたに怖い思いさせちゃったわね。ごめんなさいね」
「いや、タオさんが悪いわけじゃないです。わたしが道を間違えたから……」
「今日はもう帰ってゆっくりしなさい」
「はい、ありがとう……」
僕は駅まで送っていこうかと尋ねたが、「一人で大丈夫と」言って事務所を後にした。
そして、それまで黙って聞いていたアオが急に質問を投げかけてきた。
「あの、その旧I統の残党って神戸にも沢山いたりするんですか?」
「うん、残念ながらいるみたい。でも案ずることないわよ。普通に生活してて、接点はまずないから」
「そう、ですよね……」
女性達から見れば、こういった事件は怖いものに感じるのだろう。
その程度に思っていたが、これから僕たちが事件に巻き込まれていくなんて、その時は考えてもいなかった。
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