星渡る舟は、戻らない

蘇 陶華

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もう一人の障碍者

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部屋の中に入って息を呑んだのは、僕だけではなかった。
「あぁ・・・なんて事だ」
後から、入ってきた澪の父親が呟いた。
壁一面にあったのは、古い写真。
「彼は・・・」
僕に、よく似ている男性。
いや・・・。
僕が似ているのか。

「彼は、四條 光瑠だね」
澪の父親が、ポツリと呟いた。

「教えて。海。誰の写真があるの」
澪が言った。

「四條 光瑠だよ。ファンだったんだ」
「いや・・・ただのファンでは、なかったんだ」
澪の父親は、首を振った。
「あいつは・・・付き合っていると思い込んでいたんだ」
「知り合いだったんですか?」
「そうだよ。ただの友人だった。だけど、あいつは、そう思っていなかったんだな」
澪の父親は、振り返る。

「こんなに、彼の事を思っているなら、会社の為の結婚を強いた私は、恨まれて当然だ」
「パパは、そんな事をしたの?」
目の見えない澪には、部屋の様子がわからない。
おそらく、この部屋には、誰も、立ち入る事ができなかっただろう。
部屋の中央には、大きな写真があり、四條 光瑠と呼ばれる人が微笑んでいた。
「ただの、憧れだった筈だ」
「でも、叔母は、真剣だったんでしょう?どうして、パパは、叔母さんの想いをわかってあげなかったの?」
「彼には、恋人がいたんだよ」
「叔母さんは、諦める事はできなかったの?」
「できなかったみたいだ。何度か、追いかけて、ドイツに行っていたよ。だけど、ある日を境に、彼の事を話さなくなった」
何かが、起きたのだろうか。
帰ってきた叔母さんは、人が変わった様だったという。
「そこまで、好きな人がいたのに、パパは、他の人と結婚させようとしたのね」
「そういう訳ではなかったんだ。抜け殻みたいなあいつに、幸せになって欲しかったんだ」

その部屋の中で、彼女は、何を思っていたのだろう。
夫がおりながら、どこにも、彼の気配はなかった。
「結婚しても、一緒には、いなかったんだな」
孤独。
あんなに派手で、人迷惑な彼女の性格は、孤独故だったのだろうか。

なら。
蒼を連れて行ったのは。

「きっと、叔母だわ」
澪は、言う。
「叔母は、蒼を連れ去っても、警察に届出しない事を知っていたんだわ」
「・・・どういう事?シェリーは、心配して」
確かに、シェリーは、届出をためらっていた。

「海は、蒼を見て、何も感じなかった」
「特に・・・ていうか、感情の露出が少し、幼いかと」
「そうよ。彼は、サヴァン症候群なんだから」
「彼が?」
サヴァン症候群とは、自閉症や知的障害者のある方のうち、特定の分野に限って、優れた才能を持っている人の事だった。

「四條 光瑠の子供である以上、それを隠したかったのね」
「じゃ・・・蒼は?」
「叔母から、逃れる事は、無理だわ」
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