「匂いを嗅ぐ名探偵は、高校生活に巻き込まれる! 臭気判定士の能力で転校生の秘密を嗅ぎ取る青春ラブコメ」

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第120話「異臭、そして栗の木の下で」

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 その匂いは、一瞬だった。

 けれど、僕の鼻にははっきりと残っていた。

 

(……これは)

 

 腐敗臭。

 人間の鼻には捉えにくいが、僕にはわかる。

 微かに混じる“硫黄と鉄”、そこに紛れるようにして存在する“生物の分解臭”。

 

(まさか……いや、でも、この感じ……)

 空気が一変した。

 楽しいはずの秋の香りが、まるでその一点だけ“死んでいる”ような空白に変わっていた。

 

 周囲を見渡すと、そこはやや離れた場所にある、大きな栗の木の根元だった。

 他の生徒たちが群れて栗を拾っているゾーンから少し外れた、日陰になった斜面。

 風が届かず、空気が溜まりやすい。

 

 そこだけ、まるで──時間が止まっているようだった。

 

 僕は足を止め、その木にゆっくりと近づいていく。

 落ち葉に混じって、湿った土の匂い。朽ちた枝の香り。腐葉土。

 それらの中に、混じっている。

 明らかに“人間の体内”から発される、内臓由来の腐臭。

 

(……これは、ただの落ち葉や土の匂いじゃない)

(何か……“崩れてる”)

 

「白井くーん? 何してんのー?」

 ルナの声が遠くから聞こえたが、僕は返事を返せなかった。

 

 代わりに、ポケットからスマホを取り出す。

 校内行事用に配布された“緊急連絡チャット”を開き、引率の担任・黒沢先生にメッセージを送った。

 

【白井】→
「栗林の北側斜面、一本だけ他と離れた栗の木の下──
 異臭を感じます。腐敗臭です。
 念のため、確認をお願いします。生徒は近づけないでください」

 

 すぐに既読がつき、先生から返信が来た。

【黒沢先生】→
「了解。今向かいます。他の先生にも共有します。そこを離れず待機を」

 

 僕は、その場から一歩も動かず、木の根元を見つめ続けた。

 

 風がない。

 音もない。

 けれど、確かにそこには、“香りだけがある”。

 命の香りじゃない。
 終わった命の、“その後”の香り。

 

 しばらくして、黒沢先生が数名の教員を連れて駆けつけた。

「白井、こっちだな?」

「はい。風が止まってるので、ピンポイントで香りが溜まってます。……このあたりです」

 

 教師たちが真剣な顔で周囲を確認し、地面を注意深く観察し始める。

 

「……土が、ちょっと盛り上がってるな」

「色も違う。……これは、もしかすると──」

 

 黒沢先生が、無言でスマホを取り出す。

 誰かに連絡を入れていた。
 その表情は、完全に“教員”の顔ではなく、“危機管理者”の顔だった。

 

 しばらくして、生徒全体にアナウンスが流れる。

 

「えー、生徒諸君。予定より早いですが、栗拾い体験はここで終了となります。
 班ごとに集まり、バスへ戻ってください。係の指示に従うように」

 

 ヒロインたちが不安そうにこちらを見る。

 僕は軽く首を振って、「大丈夫」と目で伝えた。

 

 だけど──

 僕の中では、すでに確信が芽生えていた。

 

(あの香り。間違いない。これは“人間の腐敗”の匂いだ)

 

 秋の始まり。

 楽しいはずの栗拾い。

 だが、香りだけが知っていた。

 ──この場所に、何か“良くないもの”が埋まっていることを。

 

 つづく。
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