「匂いを嗅ぐ名探偵は、高校生活に巻き込まれる! 臭気判定士の能力で転校生の秘密を嗅ぎ取る青春ラブコメ」

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第132話「怪異騒動!?誰かの“香り”が消えた」

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 文化祭前日。

 準備に沸く教室。

 模擬店の装飾、衣装の最終チェック、照明の動作確認──

 

 そんな喧騒の中。

 

 僕はふと、違和感に気づいた。

 

「……ん?」

 鼻が、反応しない。

 

 教室の空気は、いつも香りに満ちている。

 香水、衣類、柔軟剤、シャンプー、汗、笑い──

 誰がどこにいるか、“香り”で分かるのが僕の日常だった。

 

 でも──

 今、この空間の“どこか”に、

 

 **“香りのない空白”**が、ぽっかりとある。

 

 それは、まるで“感情のない人間”が一人だけ紛れているような違和感。

 

「……おかしい。何かが足りない」

 

 周囲を見回す。

 ヒロインたちはそれぞれ作業中だ。

 

 ・ルナは照明をチェックしながら、いつも通りの“柑橘汗”。

 ・美月は資料の整理中、紅茶の残り香がふわりと漂う。

 ・紅葉はペンを手に、香の濃淡に神経を尖らせている。

 ・いぶきは隅で飾りを整えている。彼女の優しいミルクティーの香りも、今日はしっかりある。

 ・遥香は衣装を直しながら、僕の方をちらちら見ている。“シャワー後+石けん”の香りも健在。

 

 なのに──一人だけ、感じない。

 香らない。

 

 まるで、そこに“存在”そのものが空白であるかのような──

 

(……香りが、ない)

 

 

 ◆

 

 僕は静かに教室を出て、廊下に出た。

 その違和感は、微かに移動している。

 匂いではなく、“匂いのない気配”を追うように、足を進める。

 

 ──屋上。

 

 重たい扉を開くと、冷たい風が頬を撫でた。

 そして──

 

 そこにいた。

 

 アーニャ・パラディール。

 

 黒髪を風に揺らしながら、フェンスの前でたたずんでいた。

 いつもの褐色の肌。

 凛とした瞳。

 だけど、彼女からは──あの強いスパイスの香りが、まったく感じられなかった。

 

 僕はゆっくり近づいて、尋ねた。

 

「……アーニャ。どうしたの、その“香り”」

 

 彼女は一瞬、僕を見つめて、それから寂しそうに笑った。

 

「わたし……きのう、わかったの」

「みんな、とてもいい香りだった。やさしくて、甘くて、やわらかい」

「だけど、わたしのは──強くて、重くて、鼻に残る。誰かの、じゃま、になる」

 

 アーニャの指先には、小さなアロマキャンセラーが握られていた。

 特定の芳香分子を“中和”するスプレー。

 香水のプロが使う、高性能な“香りを消す道具”。

 

 僕は一歩、彼女に近づいた。

 

「……香りは、邪魔じゃない。アーニャは、香りで自分を伝えてきたじゃないか」

 

「でも、みんな困ってた。わたしが近づくと、空気が……変わるの、わかってた」

 

 アーニャは、スプレーを見つめて言った。

 

「だから、わたし……自分の香りを、消したの」

 

 風が吹いた。

 香らない髪が揺れた。

 

 僕は、胸の奥が痛くなった。

 

 アーニャの香りは、たしかに強かった。

 だけど、それは彼女の“生き方”だった。

 文化も、心も、愛し方も──全部、香りに詰まっていた。

 

「……消さないでいい」

 

 僕は、そっと彼女の手からスプレーを取った。

 

「アーニャの香りは、“誰かを困らせる”ものじゃない。“誰かに届く”ものだよ」

 

「それが、俺にはちゃんと──届いてた」

 

 アーニャの瞳が、ゆっくり潤んだ。

 

「……でも、白井は“わたしの香り”で困ってないの?」

 

 僕は笑った。

 

「困ってるよ。好きになりすぎて困ってる」

 

 アーニャは驚いたように目を見開いて、すぐにうつむいた。

 そして、小さく──

「……うれしい」

 

 その声には、少しだけ、香りが戻っていた。

 スパイスと、涙と、恋の香り。

 

 

 つづく。

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