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第11話:「親になるって、誰のため?」
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その日、職員室前の廊下にひとり立つ女性の姿があった。
上品なベージュのコート。細く整った眉。
でもその表情はどこか硬く、睨むような視線を校舎の奥へ向けていた。
──奏の母親だった。
奏の姓が呼ばれ、校内放送が響いたとき、教室内に一瞬だけ重たい沈黙が落ちた。
「斎藤さん、お母様がいらしています。至急、職員室へ。」
奏は、何も言わずに席を立った。
職員室前──すれ違う温度
「奏……今すぐ、話せる?」
母の声は、冷たくはなかった。でも、異様なまでに丁寧だった。
「うん。いいよ。」
ふたりは校舎を出て、近くの水戸市中央図書館の裏手、人気のない小さなベンチに座った。
「あなたのこと、聞いたわ。“女の子として生きたい”って学校で話したって。」
「うん。」
「……そんなに注目を集めて、何がしたいの?」
その言葉に、空気がすっと冷たくなった。
「“注目されたい”わけじゃないよ。私は、ただ、ちゃんと自分で生きたくて。」
「じゃあ、どうして隠してくれなかったの?」
奏は黙った。
「私は、ずっと“普通に”暮らしてきた。あなたにも、“人と違うことで目立つな”って教えてきたつもりよ。」
「それが、間違いだったの?」
奏はゆっくりと、母の方を向いた。
「うん、間違ってた。少なくとも、私には“普通”は生きづらかった。」
「私は……あなたを守ってるつもりだったのよ。」
「でも、“守られるだけ”じゃ、生きてる実感って持てないよ。」
その一言に、母は言葉を失った。
回想:七五三の記憶
「ほら、もっと男の子らしく笑って。そう、それが“うちの子”らしい顔よ。」
カメラのフラッシュ。絞めつけられる着物の襟。
奏の心に残っていた“写真の中の自分”は、誰でもない誰かだった。
「ねぇ、お母さん。あのときの写真、私、笑ってなかったよね。」
「……ええ。無理に笑わせたわ。」
「じゃあ、今はちゃんと笑えてる?」
奏は、少しだけ笑ってみせた。
「どうかな。」
母は、目を伏せたままだった。
その夜、誠と通話で
「……お母さんと、ちゃんと話した。」
奏の声は、少しかすれていたけど、はっきりとしていた。
「ぶつかった?」
「うん。でも、最後に、“少し考えさせて”って言ってくれた。」
「それは……すごく、でかい一歩じゃないか。」
「たぶんね。今までで、一番疲れたけど。」
誠の向こうで、小さく笑い声が漏れた。
「……ねえ、誠。」
「ん?」
「私、前は“受け入れてもらうこと”がゴールだと思ってた。でも、今は少しだけ違う。」
「“私として生きること”が、スタートだったんだって。」
「ちゃんと、自分を選び続けること。それを“親に見せること”が、たぶん大事なんだよね。」
「……うん。」
誠は、電話越しに静かに頷いた。
次回予告
奏の母が残した「考えさせて」という言葉。
その余韻が続く中、学校では文化系イベントの準備が始まる。
「多様性をテーマにした劇」の配役で、奏にまさかの“主役”が提案される。
上品なベージュのコート。細く整った眉。
でもその表情はどこか硬く、睨むような視線を校舎の奥へ向けていた。
──奏の母親だった。
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「うん。」
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「じゃあ、どうして隠してくれなかったの?」
奏は黙った。
「私は、ずっと“普通に”暮らしてきた。あなたにも、“人と違うことで目立つな”って教えてきたつもりよ。」
「それが、間違いだったの?」
奏はゆっくりと、母の方を向いた。
「うん、間違ってた。少なくとも、私には“普通”は生きづらかった。」
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「でも、“守られるだけ”じゃ、生きてる実感って持てないよ。」
その一言に、母は言葉を失った。
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「……ええ。無理に笑わせたわ。」
「じゃあ、今はちゃんと笑えてる?」
奏は、少しだけ笑ってみせた。
「どうかな。」
母は、目を伏せたままだった。
その夜、誠と通話で
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「……ねえ、誠。」
「ん?」
「私、前は“受け入れてもらうこと”がゴールだと思ってた。でも、今は少しだけ違う。」
「“私として生きること”が、スタートだったんだって。」
「ちゃんと、自分を選び続けること。それを“親に見せること”が、たぶん大事なんだよね。」
「……うん。」
誠は、電話越しに静かに頷いた。
次回予告
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