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第43話 天照の祈り──感情と信仰の境界線
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静寂。
それは、朝の神社にだけ許された特別な音だった。
鈴の音、木々のざわめき、鳥の声。
そして、拝殿の奥で膝をつく少女――天照 詩帆の祈り。
「──天津神、国津神、産土神、どうかこの心をお許しください」
彼女は目を閉じたまま、手を合わせていた。
手のひらの中で、何度も押し殺していた“想い”が、静かにあふれ出す。
「わたしは、神に仕える者です。
“公の心”と“民の安寧”を祈る者です。
けれど、どうしても――“私の気持ち”が、止まらないのです」
回想がよみがえる。
龍之介が、自分の手を取ったあの瞬間。
自分を“必要だ”と言ってくれた、優しい声。
「好き、という気持ちが、祈りよりも先に立つことが、こんなにも……苦しいなんて」
涙は、決してこぼさない。
でも、瞳の奥は揺れていた。
*
午後。
彼女は制服のまま、本殿の奥へと足を踏み入れる。
そこには、代々の巫女の記録が残る文書と、ひとつの封筒があった。
【巫女職よりの離脱願いに関する手続き】
「……来たのですね」
天照はそれをそっと手に取る。
数日前、文化庁から送られてきた“選択”の書面。
「あなたは、国家的象徴の巫女として高い信望を得ております。
しかし、“恋慕”を抱いた場合、儀礼上はその職を離れることが前提となります」
「“祈り”を失ってまで、“好き”を選んでいいのか」
少女は悩んでいた。
でも──そのとき、ドアの外から聞こえた声があった。
「詩帆?」
振り返ると、そこにいたのは――龍之介だった。
「あの、俺……。言っておきたかったことがあって」
「……どうしてここに?」
「文化庁の人から、いろいろ聞かされた。
“誰かを選ぶ”っていう俺の選択が、君の人生にまで波及してるって」
天照は笑った。
どこか寂しげに。
「仕方のないことです。
私は、あなたのそばにいると決めた時点で、“祈りだけでは足りない”と気づいていましたから」
「でも、やっぱり……」
「怖いんです」
彼女は、はっきりと言った。
「“恋”は、美しくて、強くて……でも、すぐに壊れてしまう。
“祈り”のようには、永遠じゃない。
それでも、わたしは……あなたのそばにいたいと思ってしまうんです」
その言葉は、涙に濡れていた。
「……詩帆」
龍之介は、ゆっくりと彼女の手を取った。
「だったら、一緒に祈ればいい。
“君の気持ち”も、“俺の想い”も、誰かに測られるもんじゃないんだから」
天照は、初めて――感情のままに、泣いた。
その涙は、“神の巫女”ではなく、
一人の少女としての“好き”の涙だった。
(つづく)
それは、朝の神社にだけ許された特別な音だった。
鈴の音、木々のざわめき、鳥の声。
そして、拝殿の奥で膝をつく少女――天照 詩帆の祈り。
「──天津神、国津神、産土神、どうかこの心をお許しください」
彼女は目を閉じたまま、手を合わせていた。
手のひらの中で、何度も押し殺していた“想い”が、静かにあふれ出す。
「わたしは、神に仕える者です。
“公の心”と“民の安寧”を祈る者です。
けれど、どうしても――“私の気持ち”が、止まらないのです」
回想がよみがえる。
龍之介が、自分の手を取ったあの瞬間。
自分を“必要だ”と言ってくれた、優しい声。
「好き、という気持ちが、祈りよりも先に立つことが、こんなにも……苦しいなんて」
涙は、決してこぼさない。
でも、瞳の奥は揺れていた。
*
午後。
彼女は制服のまま、本殿の奥へと足を踏み入れる。
そこには、代々の巫女の記録が残る文書と、ひとつの封筒があった。
【巫女職よりの離脱願いに関する手続き】
「……来たのですね」
天照はそれをそっと手に取る。
数日前、文化庁から送られてきた“選択”の書面。
「あなたは、国家的象徴の巫女として高い信望を得ております。
しかし、“恋慕”を抱いた場合、儀礼上はその職を離れることが前提となります」
「“祈り”を失ってまで、“好き”を選んでいいのか」
少女は悩んでいた。
でも──そのとき、ドアの外から聞こえた声があった。
「詩帆?」
振り返ると、そこにいたのは――龍之介だった。
「あの、俺……。言っておきたかったことがあって」
「……どうしてここに?」
「文化庁の人から、いろいろ聞かされた。
“誰かを選ぶ”っていう俺の選択が、君の人生にまで波及してるって」
天照は笑った。
どこか寂しげに。
「仕方のないことです。
私は、あなたのそばにいると決めた時点で、“祈りだけでは足りない”と気づいていましたから」
「でも、やっぱり……」
「怖いんです」
彼女は、はっきりと言った。
「“恋”は、美しくて、強くて……でも、すぐに壊れてしまう。
“祈り”のようには、永遠じゃない。
それでも、わたしは……あなたのそばにいたいと思ってしまうんです」
その言葉は、涙に濡れていた。
「……詩帆」
龍之介は、ゆっくりと彼女の手を取った。
「だったら、一緒に祈ればいい。
“君の気持ち”も、“俺の想い”も、誰かに測られるもんじゃないんだから」
天照は、初めて――感情のままに、泣いた。
その涙は、“神の巫女”ではなく、
一人の少女としての“好き”の涙だった。
(つづく)
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