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第五十四話 それぞれの帰り道、選べない心(修学旅行明け・月曜日・放課後)
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放課後の昇降口。
俺の目の前に、三人のヒロインが立っていた。
碧純は、上履きを脱ぎながら俺を見上げる。
制服の袖から覗く手首が小刻みに揺れていて、明らかに期待と不安が入り混じっていた。
「……今日は、真壁くんと、帰れたら嬉しいなって」
彼女の声はか細く、それでも一歩前に出る勇気が詰まっていた。
そのすぐ後ろ。
明花は階段から静かに降りてくる。
「さっきの図書室の約束、まだ有効よね? 返却期限、今日までだし」
理屈を装ったその言葉の裏には、“一緒にいたい”という強い意志が見える。
そして一番奥。
ひよりは、昇降口の柱にもたれながら、
無言で俺をじっと見つめていた。
視線の圧だけで、言葉の代わりになっていた。
“観察”ではない。“本気”の目だった。
(誰か一人を選ぶことが、こんなに難しいなんて……)
俺は一歩、後ろに下がり、深く息を吸った。
「……ごめん。今日は、ひとりで帰るよ」
沈黙が落ちた。
それぞれの表情が動く。
碧純は、少し口を開けて止まり――そして、小さく「そっか」とだけ呟いた。
明花は瞬きをしてから、すぐに微笑みに変えて「じゃあ、また明日ね」と言った。
ひよりは目を伏せ、何も言わなかった。
俺は靴を履き、カバンを背負って昇降口を出た。
秋風が制服の裾を撫でていく。
見上げた空は高く、雲ひとつない青だった。
(逃げたわけじゃない……でも、今はまだ選べない)
自分の気持ちに、まだ確信が持てないから。
選ぶということは、誰かを選ばないということだから。
でも、だからこそ、俺は歩き出す。
明日が、今日よりほんの少しだけ“はっきり”していることを信じて。
帰り道。
いつもの並木道を一人歩いていると、
唐突に誰かが後ろから声をかけてきた。
「……ひとりで帰るって言ったくせに、なんでそんな寂しそうな背中してんのよ」
振り返ると、そこにはジャージ姿の少女。
ポニーテールで、くたびれた原付用ヘルメットを抱えている。
「……お前、誰……って、あれ? 見覚えが……」
「ったく、転校前に面倒みてやったのに、忘れてんの?」
そう言って小突いてきた彼女の名は――
姫宮千夏(ひめみや・ちなつ)。
中学時代、俺の“家庭教師をしていた”近所のお姉さん。
いや、元ヤンで爆音バイクを乗り回してた、あの人だ。
「転校して戻ってきたんだよ、こっちに。
で、なんかあんたがモテモテのラブコメ主人公みたいになってるって聞いてさ」
千夏は苦笑しながら俺の頭をぐしゃっと撫でた。
「――ぶっちゃけ、あたしにもチャンスあるってこと?」
その言葉に、今日ずっと感じていた心の迷いが、音を立てて崩れるような気がした。
まさか、このタイミングで“新たなヒロイン”が参戦するなんて――
(つづく)
俺の目の前に、三人のヒロインが立っていた。
碧純は、上履きを脱ぎながら俺を見上げる。
制服の袖から覗く手首が小刻みに揺れていて、明らかに期待と不安が入り混じっていた。
「……今日は、真壁くんと、帰れたら嬉しいなって」
彼女の声はか細く、それでも一歩前に出る勇気が詰まっていた。
そのすぐ後ろ。
明花は階段から静かに降りてくる。
「さっきの図書室の約束、まだ有効よね? 返却期限、今日までだし」
理屈を装ったその言葉の裏には、“一緒にいたい”という強い意志が見える。
そして一番奥。
ひよりは、昇降口の柱にもたれながら、
無言で俺をじっと見つめていた。
視線の圧だけで、言葉の代わりになっていた。
“観察”ではない。“本気”の目だった。
(誰か一人を選ぶことが、こんなに難しいなんて……)
俺は一歩、後ろに下がり、深く息を吸った。
「……ごめん。今日は、ひとりで帰るよ」
沈黙が落ちた。
それぞれの表情が動く。
碧純は、少し口を開けて止まり――そして、小さく「そっか」とだけ呟いた。
明花は瞬きをしてから、すぐに微笑みに変えて「じゃあ、また明日ね」と言った。
ひよりは目を伏せ、何も言わなかった。
俺は靴を履き、カバンを背負って昇降口を出た。
秋風が制服の裾を撫でていく。
見上げた空は高く、雲ひとつない青だった。
(逃げたわけじゃない……でも、今はまだ選べない)
自分の気持ちに、まだ確信が持てないから。
選ぶということは、誰かを選ばないということだから。
でも、だからこそ、俺は歩き出す。
明日が、今日よりほんの少しだけ“はっきり”していることを信じて。
帰り道。
いつもの並木道を一人歩いていると、
唐突に誰かが後ろから声をかけてきた。
「……ひとりで帰るって言ったくせに、なんでそんな寂しそうな背中してんのよ」
振り返ると、そこにはジャージ姿の少女。
ポニーテールで、くたびれた原付用ヘルメットを抱えている。
「……お前、誰……って、あれ? 見覚えが……」
「ったく、転校前に面倒みてやったのに、忘れてんの?」
そう言って小突いてきた彼女の名は――
姫宮千夏(ひめみや・ちなつ)。
中学時代、俺の“家庭教師をしていた”近所のお姉さん。
いや、元ヤンで爆音バイクを乗り回してた、あの人だ。
「転校して戻ってきたんだよ、こっちに。
で、なんかあんたがモテモテのラブコメ主人公みたいになってるって聞いてさ」
千夏は苦笑しながら俺の頭をぐしゃっと撫でた。
「――ぶっちゃけ、あたしにもチャンスあるってこと?」
その言葉に、今日ずっと感じていた心の迷いが、音を立てて崩れるような気がした。
まさか、このタイミングで“新たなヒロイン”が参戦するなんて――
(つづく)
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