64 / 630
第六十三話 文化祭前夜、決意と沈黙の間で
しおりを挟むN7430kh Ep45
第六十三話 文化祭前夜、決意と沈黙の間で
土曜日の朝。学校は静かな緊張感に包まれていた。
今日は文化祭の準備日。 月曜から始まる二日間の本番を前に、各クラスや部活が最後の追い込みに入っていた。
俺は文芸部の教室にいた。
展示内容は、部員たちが書いた短編小説の冊子配布と、朗読ステージ。
だが、その中に含まれる“ある原稿”が、全てを変えていた。
そう、霧咲ルナ、比良坂すみれ、そして観察者・ひより。 彼女たちが提出してきた原稿は、明らかに“俺”をモデルにしていた。
これは偶然でも偶像でもない。 彼女たちは、創作という仮面の奥に、確かな恋心を仕込んでいる。
そして、俺自身もそれを、まっすぐに読み取ってしまった。 読み取って、逃げられなくなった。
「真壁先輩、これ、ページ順どうしましょう?」
声をかけてきたのは、比良坂すみれ。 目立たない黒髪に眼鏡姿。だけど、その眼鏡越しの視線は、どこまでも鋭く、情熱的だった。
「すみれ……昨日の話だけど、やっぱり君の作品、一番最後に置かせてほしい」
「理由、聞いてもいいですか?」
「“今の自分”に、一番刺さったから」
その言葉に、彼女の目がわずかに揺れた。 嬉しさと戸惑いが交差するような、文学少女の複雑な感情。
「……はい。じゃあ、最後のページ、託します」
彼女の声は静かに震えていた。
昼過ぎ。
教室のドアがガラリと開いて、霧咲ルナが現れた。
相変わらずマントを羽織っていたが、その下の制服はしっかり整えてある。 目元はほんのりと化粧が施され、彼女なりの“勝負の日”だった。
「契約者、準備は整っているか?」
「……なあ、ルナ。お前の原稿、正直……反則だろ」
「ふふ。人間の心を最も揺さぶるのは、嘘を脱ぎ捨てた“告白”だと、どこかの創作指南書に書いてあった」
彼女の中二病的言い回しの中に、真剣さがあった。
「……私にとって、物語は世界を変える“呪文”だった。でも今は、現実を変えたい。 だから私は、小説に託した。“好き”って、本当の意味を」
その言葉に、また心がかき乱される。
俺はまだ、自分の“好き”を誰にも伝えられていないのに。
午後。
文芸部の展示室とは別に、クラスの教室も仕上げに入っていた。
俺のクラスは「レトロ喫茶」。 案内係の役割で、俺は教室の前でボードを設置していた。
そこへ、制服の裾をひらひらさせながら近づいてきたのは――
「よっ。元気してた?」
姫宮千夏。
制服の上に赤いカーディガン、髪は三つ編みにまとめていて、完全に“文化祭モード”だ。
「喫茶って聞いて、絶対真壁がいると思って来てみた」
「……なんでそんなに読まれてんだ、俺」
「そりゃ、あんたの“物語”は昔から見てきたから」
千夏の笑顔の奥に、妙な優しさがあった。
「……なあ、真壁。もう決めた?」
「え?」
「誰にするか。“書く”のは自由だけど、“生きる”のは決断がいるんだよ」
俺は一瞬、返す言葉を失った。
「……まだだよ。まだ、ちゃんとは決めてない」
「じゃあ、あたしにもチャンスあるってことだよね」
その言葉とともに、千夏は指先で俺の胸を突いた。 そしてそのまま踵を返し、クラスの方へと歩いていく。
胸に残る、微かな温度。
放課後。
俺は展示教室に戻り、冊子の表紙を整えながら、ふと窓の外に目をやった。
夕陽が校舎の影を長く引き、グラウンドには部活の掛け声が響いている。
静かな時間。
その中に、ひとつの気配が混じった。
「ねえ、真壁くん。少しだけ、話せる?」
後ろを振り返ると、碧純が立っていた。 制服にエプロン姿。クラスの模擬店の片付け帰りらしい。
「今日は、ずっと我慢してた。 他の子が次々に“好き”って伝えてるのに、私は……なんか、怖くて」
「碧純……」
「でも、もう我慢しない」
彼女はそっとポケットから、一枚の手紙を取り出した。
「渡しておく。読むのは、いつでもいい。 でも、これが私の“本気”だから」
そして、彼女は去っていった。
その夜、自室。
パソコンの前に座りながら、俺は机の上に置かれた四つの“告白”を見つめていた。
すみれの読書ノート。 ルナの小説。 ひよりの観察記録。 そして、碧純の手紙。
どれもが、俺に“好き”を伝えてきている。 物語として、文字として、行動として。
俺が書くのは、ただのラブコメじゃない。 俺が生きているのは、ただの学園生活じゃない。
すべてが、ひとつの“選択”に向かって動き出している。
文化祭。 それは、青春と恋と物語が交差する、決戦の舞台だった。
(つづく)
10
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる