同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第八十七話 闇にささやく声、欲望の向こう側

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元日の午後。

 朝の“夢精騒動”からなんとか立ち直りつつあった俺は、軽い昼食を取って、リビングの端っこで静かに現実逃避していた。
 こたつには碧純たちがまだ残っていて、俺に「汗かいたならシャワーくらい浴びなよ」とか「シーツ取り替えたから」とか、優しくもトゲのある対応をしてくれている。

 そんなとき。

 ひとり、別の空気をまとった少女が、隣に腰を下ろした。

「……弘弥くん。さっきの、全部聞いてた」

 その声は静かで、けれど異様に耳に残る。

 振り返れば、そこにいたのは——闇落ち気味の美少女ヒロイン、黒瀬りあ。

 漆黒の髪をゆるく下ろし、艶のある目でこちらをじっと見つめてくる。
 元日というのに、彼女は喪服のような黒のワンピースに身を包んでいた。

「夢精するほど、溜まってるんでしょ?」

 ——直球すぎる。

「いや、それは違うというか、説明がいるというか……っ」

「いいよ、言い訳しなくて。私はそういうの、嫌いじゃない」

 彼女は俺の耳元でそっと囁いた。

「……私でよければ、相手、するけど?」

 空気が凍った。
 いや、俺の脳内がフリーズしただけかもしれない。

「な、なにを言ってるんだお前は……っ」

「弘弥くんってさ、なんだかんだ誰にも“本当の自分”さらけ出せてないでしょ?」

「っ……」

「だから、全部さらけ出しちゃえば? この“汚れた私”になら、きっと隠さなくていいから」

 その言葉には、奇妙な優しさと、底知れぬ渇きが混じっていた。

 俺は返す言葉を探していると、彼女はそっと俺のジャージの袖を引いた。

「ほら、手……震えてる。さっきのこと、まだ引きずってるんでしょ?」

「……違う」

「嘘。わかるよ。だって、私と同じ目をしてる」

 黒瀬りあ——中学時代、誰にも愛されず、陰で“幽霊”とまで呼ばれていた少女。
 今はこうして俺の前に立っているけれど、心のどこかで“光”を信じられていないままの彼女。

 彼女の視線が俺を貫いてくる。

「今夜、部屋に来て。
 何もしないなんて約束は、しない。
 でも、無理強いもしない」

「りあ……」

「判断は、弘弥くんに委ねる。
 でも、私だったら、あなたの全部を受け入れられるよ」

 その言葉は、優しすぎる呪いだった。

(つづく)

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