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第一〇〇話 新品宣言と妹の釘刺しモード
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夜も更けて、自室の灯りだけが静かに世界を照らしていた。
机の上には、未だそのまま置かれたままの紙袋。
そして中には——碧純からのパンツ。
俺は、まだ開ききれていないノートPCを前にして、目の前の“それ”を見つめ続けていた。
ラベンダー色の上品なレース。
タグのついた新品。けれど、それ以上に重たい“意味”を感じてしまって。
(……どういうつもりなんだよ、あいつ……)
ぐるぐると脳内を巡る妄想と、戸惑いと、ありがたみと、謎の背徳感。
妹からの下着。
しかも、本人の手書きで『お兄ちゃんへ』とタグが添えられた、まぎれもないプレゼント。
それは“甘やかし”でも“遊び心”でもない。
明確な意志を持って選ばれた、宣戦布告に近い何かだった。
けれど、俺はこのラベンダーの布を、どう扱えばいいのか分からなかった。
ただ凝視し、気を抜けば手に取って広げてしまいそうになるのを、自制心だけで抑えていた。
すると——
カツン。
廊下を歩くスリッパの音が近づいてきて、俺の部屋のドアがノックされた。
「お兄ちゃん、起きてる?」
その声は、当然ながら本人。
少しだけ機嫌の探りを入れるような、慎重なトーン。
「……う、うん」
少しして、ドアがそっと開く。
碧純が部屋着のまま、顔だけ覗かせて入ってきた。
そして、無言で紙袋を見て——それから、俺の顔を見た。
「……まだ見てるの? それ」
「いや、その、違う、あの、なんていうか、考えてて……っ」
急いでパソコンの向こうに紙袋を押し込もうとした俺に、碧純が小さくため息をつく。
「……わかってるよ。お兄ちゃん、そういうとこ“変に真面目”なんだもん」
俺が何かを返す前に、碧純は部屋に入ってきて、正座するように俺の正面に座った。
まっすぐな目。
その表情には照れも、怒りも、全部ない。
ただ、真剣だった。
「ひとつだけ、ちゃんと釘を刺しておくね」
ぴしり、と空気が張り詰める。
碧純が一呼吸おいて、言った。
「——あのパンツ、新品だからね!!」
俺は固まった。
「べ、別にそんなこと聞いてないけど!? いや、聞いたほうがいいの!? それ重要情報なの!?」
「重要だよっ!!!」
碧純が頬を膨らませて、続ける。
「お兄ちゃん、絶対に変なこと考えてたもん。
“脱ぎたて”とか“今さっきまで履いてた”とか、そういう変態チックな妄想!
それで鼻血でも出したら、マジで軽蔑するからね!!」
「いやいやいやいやいや!? 考えてない!! ……ちょっとは、考えたけど!!!」
「やっぱり考えてたんじゃんかあああああっ!!!」
ふくれっ面の碧純が、クッションをばしばし俺に投げてくる。
でも、その顔はちょっとだけ赤くて、少しだけ笑っていた。
「新品だからね!?
ちゃんと下着屋さんで、自分で選んで買ったやつだからね!?
“匂い”とか、“湿り気”とか、そういうの一切ないからね!?
っていうか、あったら事件だよ!? わかってる!??」
「わ、わかってるよぉ……! だからもう言わないでっ!!」
俺は両手で耳をふさいで悶絶した。
けれどその直後、彼女はふっと真顔に戻り、小さくつぶやいた。
「……でも、ちゃんと“私の”ってこと、わかっててくれるなら……嬉しいかも」
その声音は、冗談でも怒りでもなかった。
ただ、まっすぐな気持ちだった。
俺は防御しながら、ちょっとだけ笑い返した。
「じゃあ、改めて言うよ……ありがとな。変だけど、嬉しかった」
その言葉に、碧純の手が止まる。
「……うん。うれしいなら、いいよ」
ぽつりと呟いて、彼女は立ち上がった。
そして、ドアを開ける前に、背を向けたまま言った。
「でも、ほんとに“履いてたやつ”欲しくなったら……その時は、ちゃんと覚悟決めてね」
「!?!?!?」
その一言を残して、碧純はさっそうと出ていった。
背中越しの冗談か本気か分からないセリフを残して——
俺の鼓動はしばらく止まらなかった。
(つづく)
机の上には、未だそのまま置かれたままの紙袋。
そして中には——碧純からのパンツ。
俺は、まだ開ききれていないノートPCを前にして、目の前の“それ”を見つめ続けていた。
ラベンダー色の上品なレース。
タグのついた新品。けれど、それ以上に重たい“意味”を感じてしまって。
(……どういうつもりなんだよ、あいつ……)
ぐるぐると脳内を巡る妄想と、戸惑いと、ありがたみと、謎の背徳感。
妹からの下着。
しかも、本人の手書きで『お兄ちゃんへ』とタグが添えられた、まぎれもないプレゼント。
それは“甘やかし”でも“遊び心”でもない。
明確な意志を持って選ばれた、宣戦布告に近い何かだった。
けれど、俺はこのラベンダーの布を、どう扱えばいいのか分からなかった。
ただ凝視し、気を抜けば手に取って広げてしまいそうになるのを、自制心だけで抑えていた。
すると——
カツン。
廊下を歩くスリッパの音が近づいてきて、俺の部屋のドアがノックされた。
「お兄ちゃん、起きてる?」
その声は、当然ながら本人。
少しだけ機嫌の探りを入れるような、慎重なトーン。
「……う、うん」
少しして、ドアがそっと開く。
碧純が部屋着のまま、顔だけ覗かせて入ってきた。
そして、無言で紙袋を見て——それから、俺の顔を見た。
「……まだ見てるの? それ」
「いや、その、違う、あの、なんていうか、考えてて……っ」
急いでパソコンの向こうに紙袋を押し込もうとした俺に、碧純が小さくため息をつく。
「……わかってるよ。お兄ちゃん、そういうとこ“変に真面目”なんだもん」
俺が何かを返す前に、碧純は部屋に入ってきて、正座するように俺の正面に座った。
まっすぐな目。
その表情には照れも、怒りも、全部ない。
ただ、真剣だった。
「ひとつだけ、ちゃんと釘を刺しておくね」
ぴしり、と空気が張り詰める。
碧純が一呼吸おいて、言った。
「——あのパンツ、新品だからね!!」
俺は固まった。
「べ、別にそんなこと聞いてないけど!? いや、聞いたほうがいいの!? それ重要情報なの!?」
「重要だよっ!!!」
碧純が頬を膨らませて、続ける。
「お兄ちゃん、絶対に変なこと考えてたもん。
“脱ぎたて”とか“今さっきまで履いてた”とか、そういう変態チックな妄想!
それで鼻血でも出したら、マジで軽蔑するからね!!」
「いやいやいやいやいや!? 考えてない!! ……ちょっとは、考えたけど!!!」
「やっぱり考えてたんじゃんかあああああっ!!!」
ふくれっ面の碧純が、クッションをばしばし俺に投げてくる。
でも、その顔はちょっとだけ赤くて、少しだけ笑っていた。
「新品だからね!?
ちゃんと下着屋さんで、自分で選んで買ったやつだからね!?
“匂い”とか、“湿り気”とか、そういうの一切ないからね!?
っていうか、あったら事件だよ!? わかってる!??」
「わ、わかってるよぉ……! だからもう言わないでっ!!」
俺は両手で耳をふさいで悶絶した。
けれどその直後、彼女はふっと真顔に戻り、小さくつぶやいた。
「……でも、ちゃんと“私の”ってこと、わかっててくれるなら……嬉しいかも」
その声音は、冗談でも怒りでもなかった。
ただ、まっすぐな気持ちだった。
俺は防御しながら、ちょっとだけ笑い返した。
「じゃあ、改めて言うよ……ありがとな。変だけど、嬉しかった」
その言葉に、碧純の手が止まる。
「……うん。うれしいなら、いいよ」
ぽつりと呟いて、彼女は立ち上がった。
そして、ドアを開ける前に、背を向けたまま言った。
「でも、ほんとに“履いてたやつ”欲しくなったら……その時は、ちゃんと覚悟決めてね」
「!?!?!?」
その一言を残して、碧純はさっそうと出ていった。
背中越しの冗談か本気か分からないセリフを残して——
俺の鼓動はしばらく止まらなかった。
(つづく)
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