同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

第一〇一話 観察者の視点〜監視モード突入〜

同じ日の深夜。　碧純が部屋を後にした直後、その隣の部屋——正確には天井裏を通じて直結している“観察ポイント”から、静かにノートが閉じられた。

「……やはり、進展があったか」

　一ノ瀬ひよりは、分厚い観察ノートの新しいページをめくりながら、微かに目元を細めた。

　机の上には、音声増幅型のマイクレコーダーと壁の反響を拾う高感度集音マイク。
　さらに、弘弥の部屋の音を24時間モニタリングできるリアルタイム再生用のイヤホンと、照度調整付きのナイトビジョンゴーグルまで揃っていた。

　すべては、彼女の精密な“恋愛観察装置”——いや、愛情表現の一環である。

「妹からのパンツ贈呈は、通常恋愛戦略ではありえない。
　しかし、“本命ポジション”の象徴的行為として、重大な意味を持つ」

　ペンを走らせる音が、夜の静けさの中でやけに響いた。
　淡々と記録されていく文字たち。
　だが、その奥にはひよりなりの焦りがあった。

「弘弥くん……このまま妹さんに押し切られるの？
　それとも、他の誰かに気持ちが揺れる可能性も……」

　その“誰か”に自分が含まれているのかどうか——その問いに、彼女はまだ明確な答えを出せずにいた。

　だが、これまで積み重ねてきた記録の数々が、それを裏づける材料になり得るのではないか。

　彼女のノートには、弘弥の細かな表情変化、話す言葉の選び方、誰の前で最もリラックスしているかまで詳細に記されていた。

「……観察は、干渉しない。けれど、介入しないとは言ってない」

　ふと、ひよりは机の引き出しを開け、小箱を取り出す。
　それは綺麗な包装紙で包まれた、淡いグレーの布地——そう、“返礼”のような贈り物。

　碧純が渡したものと同じ形式。
　だが、あれより一歩踏み込んだものだった。

「“観察対象への影響確認用サンプル”。
　これで……弘弥くんの“視線”が、どう揺れるか——試してみよう」

　彼の反応、頬の紅潮、視線の動き、動揺の程度。
　全ては愛の成分分析の一部だった。

　恋は戦争。
　そして戦争は情報戦。

　夜は、静かに更けていった。
　だが、ひよりのノートに綴られたページは、誰よりも熱を帯びていた。

　——明日。

　ひよりは、ついに“恋愛観察者”から“参戦者”へと変貌を遂げることになる。

（つづく）