同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

第一〇九話 静かな逆襲──水無瀬すみれ、揺らぐ微笑み

放課後。

　教室が賑わいを見せる中、ひときわ落ち着いた空気を纏っているのが水無瀬すみれだった。

　その微笑みはいつも通り柔らかく、穏やか。
　けれど今日の彼女のまなざしは、少しだけ違っていた。

　視線の先にいるのは、弘弥。
　その周囲にはすでに——碧純、ひより、瑠衣、そして新顔・朱鷺坂ユナ。

　机を囲むヒロインたちの輪。
　恋の戦場。

　——ずっと、静かに見ていた。

（私は、“静かに想ってる”だけで満足していたのかしら）

　目を伏せる。
　今日も、笑っているだけ。
　でも、その笑顔に込めた本音を、彼は一度でも気づいてくれただろうか。

　ふと、弘弥が目をこちらに向けた。

「……すみれ？」

　その瞬間、彼女は微笑みながら立ち上がる。
　ゆっくりと弘弥の元へ歩き、肩にそっと手を置いた。

「ねえ、弘弥くん」

　全員の視線がピタリと集まる。

「少し、いいかしら。ちょっとだけ、お話がしたいの」

　ひより：「会話ログ、観察開始」
　碧純：「ちょ、今は順番——」
　瑠衣：「わ、わたしもついて——」

　すみれは微笑を崩さず、そっと言った。

「みんな、ごめんなさいね。今日は、わたしの番……ってことで」

　その声には、妙な説得力があった。
　静かながら、芯の強さが滲む声音。

　弘弥は、抵抗する間もなく連れ出され、廊下の奥へと消えていく。

　残された三人のヒロインたち。

「……すみれさん、あんなに強引な人だったっけ？」（碧純）
「観察記録、訂正が必要そうです」（ひより）
「ギャップ……いいかも……」（瑠衣）

　——廊下。

　すみれは、教室の喧騒から十分に離れた場所で足を止めた。

　窓際の光が、彼女の長い黒髪を優しく照らしている。

「弘弥くん」

「な、なんだ……？」

「最近……すこし、寂しかったの」

　微笑の奥に、ほんの少し揺れる瞳。
　誰にも見せなかった“弱さ”の表情。

「わたし、誰にも文句は言わない。騒がないし、張り合わない。
　でも、それって“引いた”ことになっちゃってたのかなって……」

　弘弥が言葉を失う。

　すみれは、彼の制服の袖をそっと掴んだ。

「だから、今日だけは……わたしだけを見て。
　一緒に帰ろ？」

　言葉の温度が、胸に響く。

　彼女と並んで歩き出すと、春の風がそっと吹いた。
　通り過ぎる桜並木、ふわりと舞う花びらが二人を包む。

　気づけば、弘弥は足を止めていた。

「すみれ」

「……うん？」

「俺、すみれのこと……」

　そこまで言いかけた時、背後から何かの気配。

　振り返れば、電柱の陰にひより。
　公園の茂みに碧純。
　そして屋上からのぞく瑠衣。

　全員が全員、“見守っている”という名の監視モードだった。

「……あはは、なんでもない」

　弘弥は苦笑しながら、すみれの隣を歩き出す。

　けれど。
　彼の頬に残る赤みと、すみれの瞳の揺らぎは、確かに“恋の進展”を物語っていた。

（つづく）