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第一五二話 言葉にならない焦燥──書けぬ夜と、見守る瞳
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深夜一時過ぎ。
蛍光灯の青白い光が、俺の部屋を静かに照らしていた。
カタカタとキーボードを叩く音はもう何時間も止まりがちで、画面の中央にはずっと同じ一文が点滅している。
『彼女は振り返らずに、ただひとこと、さよならと言った——』
その先に進まない。
まるで、物語が俺の中から蒸発してしまったかのようだった。
高校生活も、ラブコメも、修羅場も、俺の人生は騒がしすぎて、
それを“整理して言葉にする”だけの冷静さが、今夜はまったく働かない。
それでも、締切は待ってくれない。
担当編集からのLINEは既読スルーのまま、未送信の原稿だけが時間を喰っていく。
(どうして、こんなに……書けないんだ)
手元に積んだ資料。
恋愛心理の本、少女漫画、ラブコメアニメのブルーレイ……
その上に、ふと置かれていた——
数日前、ヒロインたちから“なぜか”手に入れてしまった下着たち。
カラフルなレース、甘い香り、布地の柔らかさ。
ふざけた出来事の残骸のようでいて、
同時に、俺の“今”を構成する、誰かの想いの象徴でもあった。
……真面目に書こうとすればするほど、筆が止まる。
だが。
ふと、手に取っていた。
それぞれ違う色、違う形、違う素材。
だけど、全部が“彼女たち”を思い出させた。
碧純は、キッチンの匂いと少し焦げた香ばしさが似合う。
すみれは、紅茶とラベンダー。
瑠衣は、甘いボディスプレーとバニラの香り。
イザベラは、高級な香水と、微かな異国の気配。
ユナは……なんかもう、線香か魔導書の埃の香り。
ひよりは、無臭だけど、紙とインクのにおいがした。
——全部、俺の物語だ。
(そうか、書けないんじゃない。書きたくない“型”に、俺が無理に嵌めようとしてたんだ)
カタカタ……
再び、指が動き始める。
『彼女は振り返らずに、ただひとこと、さよならと言った——けれど、その足取りは、寂しさを隠せていなかった』
そうだ。
俺の物語は、誰かを好きになって、傷ついて、それでも歩く話だ。
そうやって彼女たちと出会ってきた。
パンツなんて、ただのアイテム。
だけど、俺にとっては“エピソード”だ。
笑えて、泣けて、でもどこか熱くなる物語の断片。
書ける。
今夜は、書ける。
そう思って集中し始めた、そのときだった。
ふと視線の隅で、部屋の扉がわずかに動いた。
薄明かりの向こう、隙間から——
碧純がいた。
小さな隙間から、そっと俺の部屋を覗いていた。
目が合うと、彼女は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに目を細め、囁くように言った。
「……がんばってね。お兄ちゃん」
それだけ言って、そっと扉を閉めた。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
そして、再びキーボードに向かう。
俺の物語は、まだまだ終わらない。
ラブコメも、バカ騒ぎも、涙も、パンツも。
全部ひっくるめて、書いてやる。
あの“瞳”の中にある、俺を信じてくれる誰かのために——。
(つづく)
蛍光灯の青白い光が、俺の部屋を静かに照らしていた。
カタカタとキーボードを叩く音はもう何時間も止まりがちで、画面の中央にはずっと同じ一文が点滅している。
『彼女は振り返らずに、ただひとこと、さよならと言った——』
その先に進まない。
まるで、物語が俺の中から蒸発してしまったかのようだった。
高校生活も、ラブコメも、修羅場も、俺の人生は騒がしすぎて、
それを“整理して言葉にする”だけの冷静さが、今夜はまったく働かない。
それでも、締切は待ってくれない。
担当編集からのLINEは既読スルーのまま、未送信の原稿だけが時間を喰っていく。
(どうして、こんなに……書けないんだ)
手元に積んだ資料。
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その上に、ふと置かれていた——
数日前、ヒロインたちから“なぜか”手に入れてしまった下着たち。
カラフルなレース、甘い香り、布地の柔らかさ。
ふざけた出来事の残骸のようでいて、
同時に、俺の“今”を構成する、誰かの想いの象徴でもあった。
……真面目に書こうとすればするほど、筆が止まる。
だが。
ふと、手に取っていた。
それぞれ違う色、違う形、違う素材。
だけど、全部が“彼女たち”を思い出させた。
碧純は、キッチンの匂いと少し焦げた香ばしさが似合う。
すみれは、紅茶とラベンダー。
瑠衣は、甘いボディスプレーとバニラの香り。
イザベラは、高級な香水と、微かな異国の気配。
ユナは……なんかもう、線香か魔導書の埃の香り。
ひよりは、無臭だけど、紙とインクのにおいがした。
——全部、俺の物語だ。
(そうか、書けないんじゃない。書きたくない“型”に、俺が無理に嵌めようとしてたんだ)
カタカタ……
再び、指が動き始める。
『彼女は振り返らずに、ただひとこと、さよならと言った——けれど、その足取りは、寂しさを隠せていなかった』
そうだ。
俺の物語は、誰かを好きになって、傷ついて、それでも歩く話だ。
そうやって彼女たちと出会ってきた。
パンツなんて、ただのアイテム。
だけど、俺にとっては“エピソード”だ。
笑えて、泣けて、でもどこか熱くなる物語の断片。
書ける。
今夜は、書ける。
そう思って集中し始めた、そのときだった。
ふと視線の隅で、部屋の扉がわずかに動いた。
薄明かりの向こう、隙間から——
碧純がいた。
小さな隙間から、そっと俺の部屋を覗いていた。
目が合うと、彼女は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに目を細め、囁くように言った。
「……がんばってね。お兄ちゃん」
それだけ言って、そっと扉を閉めた。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
そして、再びキーボードに向かう。
俺の物語は、まだまだ終わらない。
ラブコメも、バカ騒ぎも、涙も、パンツも。
全部ひっくるめて、書いてやる。
あの“瞳”の中にある、俺を信じてくれる誰かのために——。
(つづく)
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