同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

第一五七話 妹、臨界──パンツ追及・前編

　深夜二時。
　空気は冷たく、外ではまだ春の虫も鳴かない。
　俺は玄関でエレナを見送った後、文字通り全身の血が引いていた。

　玄関のドアが閉まりきる、その寸前——
　階段の上から、確実な殺意を纏った声が落ちてきた。

「……それ、なに？」

　パジャマ姿の妹・碧純。
　階段の陰から覗き込むように、俺の手元を見ていた。
　その目は、月よりも冷たい。

　俺は、咄嗟にそれを後ろ手に隠そうとした。

「い、いや、これはその、ハンカチ……的な……」

「レースの縁取りに、王家の刺繍が入ったハンカチなんてあるんだ？」

「……ごめんなさい、パンツです」

　──言ってしまった。

「……ッ！！」

　碧純の顔が、ぐにゅっと感情の波でゆがんだ。
　怒り、嫉妬、呆れ、疑念、絶望——あらゆる負のエネルギーが混ざった顔。

　階段を一段ずつ降りてくるたび、廊下の床がきしむ。
　その音が、俺の鼓動と完全にシンクロしていた。

「お兄ちゃん……なんで、女の子のパンツなんて、しかも“あの王女様”のを……」

「いや、それがな、向こうから渡されて……俺が望んだとかじゃなくて……！」

「じゃあ、どうして、そんなに大事そうに持ってるの？」

「っ……いや、それは、創作の資料として、つい……」

「創作！？ あたしの知らないところで、そんな“取材”ばっかりしてたの！？」

　睨まれて、俺は完全に口をつぐんだ。
　だが碧純は、そのまま冷蔵庫を開け、麦茶を一杯飲み干すと、静かに言った。

「……話し合いの時間を設けよう。明日。放課後。リビング。あたしと、そして“証人”も立ち会ってもらう」

「しょ、証人……？」

「観察者。つまり、ひよりちゃん」

「やめて、あの子が一番冷静に記録してくるからやめて」

　しかし妹は無慈悲に宣言した。

「“弘弥お兄ちゃん、深夜にパンツを持っていた件”について、家庭裁判を開廷します」

　そのまま、ぱたんと音を立てて階段を上っていった。

　俺の手元には、いまだ温もりが残る王女の置き土産。

　明日、俺は裁かれる。

　妹によって——。

（つづく）