同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第一八一話 未来の約束──文化と恋と進路の選択

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 料亭の灯りが柔らかく揺れる中。
 床の間には一輪の椿が飾られ、静けさに包まれた空間が、まるで物語の舞台のように整えられていた。

 その中心に座るエレノア・暁・フェリシア・ル・エーデルワイス・リィは、湯呑を手に取りながら、淡く微笑んでいた。
 着物姿が自然に馴染んでいることに、思わず目を奪われる。
 異国の内親王が、こうして和の空間に溶け込んでいること自体が、すでに奇跡のようだった。

 そして、話題はあまりにも現実離れした方向へと進んでいく。

「弘弥様……最後に、ひとつだけ」

 彼女は、静かに視線を合わせてきた。

「文化大臣のお話だけではありません。……私の“人生のパートナー”という席も、空けておきます」

 その言葉に、時間が止まったように感じた。
 耳が熱くなり、鼓動の音がやけに大きく聞こえる。

「……パートナー……って……それって……」

 声にならない問いに、彼女は一層優しく微笑んで頷いた。

「その意味のままですわ。王位継承権のことも、外交問題も、もちろん承知の上で。それでも、私はあなたと共に未来を語れることを望んでおります」

 その一言一言が、胸の奥にしみ込んでいく。
 彼女の言葉には、気品だけではない、熱と覚悟が宿っていた。
 この言葉を口にするまで、どれほど悩み、決意を重ねたのだろう。

 ふと、彼女の指先が微かに震えているのが見えた。

(この人も、同じくらい緊張してたんだ……)

 そう思った瞬間、なにかが弾けたように胸が締めつけられた。

 でも、俺にはまだ答えが出せなかった。
 この言葉の重みを、いまの俺はまだ受け止めきれない。

 だから、彼女はきっとこう続けたのだ。

「答えは……高校卒業の時に、お聞かせくださいね」

 そう囁いた彼女は、静かに席を立った。
 畳の上をゆっくりと歩き、障子の手前で一礼。
 その所作には、一国の姫としての誇りと、ひとりの少女としての感情の両方が宿っていた。

 障子の向こうにその姿が消えてからも、しばらく俺は動けなかった。

 残された湯気の中に、彼女の香りがほのかに漂い続けていた。
 それは甘く、切なく、そして忘れがたい記憶となって染みついていた。

(……文化大臣に……人生のパートナー……)

 かつての俺なら、そんなことを現実として受け止めることすらできなかった。
 でも今は——不思議と、心のどこかで「選ばなきゃいけない」と思っている自分がいた。

 俺の青春は、とうとう“国家級”の選択肢まで抱えることになった。

 だけどその選択肢の中には、確かに“愛”も含まれている。

 障子を閉める直前、彼女はふと振り返った。
 月明かりに照らされたその瞳には、淡い情熱と、どこかいたずらっぽい微笑が浮かんでいた。

「……あ、それと弘弥様。ひより様にはくれぐれも優しくしてあげてくださいませね。彼女、少し過保護なくらい貴方のことを想っておりますから」

 その言葉に、俺は思わず言葉を詰まらせる。
 やっぱり、ひより……お前、本当に全部筒抜けだったのか。

 そして最後に、エレノアはこう囁いた。

「貴方が、どんな選択をされても……私は、貴方の物語の結末を信じておりますわ」

 静かに障子が閉まり、その背中が完全に見えなくなったとき。
 料亭の空気が、ほんの少しだけ冷たく感じられた。

 ふいに、彼女は小さな香水瓶を懐から取り出した。

「……これ、私が普段使っている香りです。創作の役に立てばと思って」

 透き通ったガラスの瓶に、エーデルワイスの刻印が彫られている。
 キャップを外すと、気品と甘さ、そしてほんの少しの異国情緒が混ざり合った香りがふわりと漂った。

「この香りを覚えていてくださいね、弘弥様。あなたの言葉のどこかに……私がいられたら嬉しいです」

 そう言って彼女は、静かに去っていった。

 小さな香水瓶を手のひらに残して。

(つづく)

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