同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第四九三話『紗凪の誤解と、本当の想い』

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 静かな、春の午後だった。

 脚本打ち合わせを終えた俺と紗凪は、
 ビルの屋上にある小さな休憩スペースにいた。

 無言で、自販機のコーヒーを手にして、ベンチに並んで座る。

 気まずさだけが、春風に流れていく。

 でも、このままじゃ、いけない。

 俺は、意を決して口を開いた。

「……あのとき」

 紗凪が、はっとこちらを見る。

「俺、ちゃんと伝えたかったんだ」

 喉が渇く。

「小説家になりたいって夢、
 本当は、ずっと怖かった。
 紗凪を置いて、どこか遠くに行くみたいで……」

 紗凪の指が、膝の上でぎゅっと握られる。

「でも、あのままじゃ、きっと、後悔するって思ったんだ」

 震える声で続ける。

「だから……あの日、俺は、夢を選んだ」

 でも、本当は。
 紗凪を失いたくなんて、なかった。

 俺は俯いたまま、拳を握りしめた。

 ふいに、紗凪がぽつりと呟いた。

「……ずるいよ」

 その声は、かすれていた。

「そんなふうに、優しいこと、今さら言われたら……」

 俺は顔を上げた。

 紗凪は、泣いていた。

 けれど、必死で笑おうとしていた。

「わたし、ずっと思ってた」

「弘弥は、わたしよりも、夢を選んだんだって」

「わたしは、その程度の存在だったんだって……」

 ぎゅっと、胸が痛んだ。

 俺は、そんなふうに思わせたかったわけじゃないのに。

「……違うんだ」

 声が震える。

「俺は、紗凪のこと、大切だった。今だって──」

 そこまで言いかけたときだった。

 ぴろりろりん、とスマホが鳴った。

 見ると──

 《ルナ:今どこ!?》
 《碧純:ドラマ現場見学行くって言ったじゃん!》
 《すみれ:弘弥くん、迷子?》
 《ひより:観察対象、行方不明》
 《ことね:交錯の刻、迫る──》

 大量のLINEメッセージ。

 そして、画面を見つめる間にも、

 エレベーターから、ドタバタと足音が近づいてくる。

 案の定、ヒロインズがずらりと現れた。

「はっけーん!」

 ルナが元気よく叫び、

「兄、サボりはダメ!」
 碧純が腕を掴み、

「弘弥くん、早く行こ」
 すみれが微笑み、

「観察対象、保護」
 ひよりがメモを取り、

「運命は待たない」
 ことねが詠唱する。

 完全に包囲された。

 紗凪が、驚いた顔で俺たちを見た。

「……にぎやか、なんだね」

 その声は、どこか、少しだけ寂しそうだった。

 俺は、そんな紗凪に、かすかに微笑み返した。

「……まぁ、うるさいけど、悪いやつらじゃないよ」

 紗凪も、微笑んだ。

 ほんの少しだけ、壁が崩れた気がした。
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