同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

【帰宅後のドタバタラブコメ編】

【第六〇一話】『それでも、好きな人がいるから──』

　布団の中、夜の静寂。

　だが、その静けさは嵐の前のような緊張感を孕んでいた。

　弘弥は、天井を見つめながら小さく呼吸を整えていた。なぜなら、数分前まで布団の中が“戦場”だったからだ。

　ルナ、すみれ、ひより、ミレーヌ、紗凪、ことね……全員が“こっそりと”忍び込んできたはずだった。

　しかし、結果として彼女たちは同じ夜に、同じ布団に、同じ目的──「弘弥と寄り添いたい」という気持ちを胸に訪れてしまったのだ。

　その混乱の果て、突如現れた母・真壁涼香がすべてを目撃した。

「えっ……弘弥、なにこの布団地獄……？」

　冷たい声と、絶望的な沈黙。弘弥は反射的に正座、そして頭を床に擦りつけた。

「ごめんなさい、母上……っ！」

　だが、ヒロインたちはどこか勝ち誇ったような笑みでこう呟いたのだ。

「これが、私たちの“好き”なんです」

　――そして、翌朝。

　母・涼香は仕事のため早々に家を後にしたが、残された弘弥とヒロインたちは、それぞれの“気持ち”に向き合うため、居間に集合していた。

　沈黙を破ったのは、すみれだった。

「……私はね。ずっと“大人”のふりをしてたの。弘弥くんに頼られて、受け止めてあげて、そういう関係でいようって」

　彼女は自分の胸元をそっと押さえ、顔をうつむかせる。

「でも……昨日、布団の中で思ったの。大人とか、子供とか、そういうの……関係ないんだなって。私、ただの女の子なんだなって」

　弘弥の目をまっすぐに見据えたその瞳に、強い覚悟が宿っていた。

「だから……弘弥くん。私は、あなたを好きになった。ただ、それだけなの」

　続いたのは、ルナだった。

「はは、アタシってさ、いつも騒いでばっかじゃん？　“ギャルキャラ”とか、バカとか、言われ慣れてるけど……」

　彼女はいたずらっぽく笑いながらも、どこか真剣な表情で続けた。

「昨日、隣にいて思ったんだ。“好き”って、こんなにドキドキするんだなって。触れなくても、見てるだけで、胸がぎゅうって苦しくなるんだなって」

「……弘弥、アタシ本気だよ。あんたのこと、全部わかってるって思ってた。でも、まだ全然足りない。だから、もっと教えて。あんたのこと──全部」

　ひよりは、研究ノートを膝の上に乗せたまま、静かに言葉を紡いだ。

「私は……観察者だった。冷静に、データを集めて、記録して。でも、弘弥の寝顔を見てるうちに、データだけじゃ足りなくなった」

「この気持ちは、数値化できない。“好き”って、そういうものなんだね」

「……次の観察対象は、“私自身の恋”にする」

　ミレーヌは、言葉を選びながらも凛とした声で語り出す。

「わたくし、最初はこの国の“青春文化”が理解できなかったのです。でも……あなたと過ごすうちに、少しずつ分かってきました」

「“好き”という言葉が、ただ甘ったるいだけのものではないと。時に痛くて、苦しくて、それでも心を掴んで離さないのだと──」

　最後に、ことねが手を挙げるように小さく名乗りをあげた。

「私は、まだ“本当の恋”がわからない。でも、昨日はじめて思ったんだ。“このまま隣にいたい”って」

「……だから、私はこれから学んでいく。好きって気持ちも、弘弥くんも、全部。もっと知りたいって思ったの」

　全員の言葉が、弘弥の胸に鋭く、けれどあたたかく突き刺さっていく。

　誰かひとりを選ぶことなど、できるわけがない。誰の“好き”も、本物だった。

　弘弥は、立ち上がる。そして、ゆっくりと頭を下げる。

「ありがとう。こんな俺のことを、真剣に想ってくれて……本当に、ありがとう」

「俺は……みんなの気持ちに、正面から向き合うよ。逃げない。ごまかさない。全部、受け止める覚悟を持つよ」

　その言葉に、ヒロインたちはしばらく黙っていたが──すぐに、全員が笑った。

「……でも、一番になるのは、私だから」

「当然よ。これで勝負が始まったってわけね」

「……負けませんわよ」

　夕陽が差し込むリビングで、ふわりと笑い声が広がる。

　恋の戦いは、まだまだ続く。

　でも、それでも。

　彼らはきっと、笑って明日を迎えられる。

　青春とは、そういうものだから。