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第9章『雲は西へ、風は城下へ』
第八十四話『お濃、夜の屋根で告白未遂』
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視察旅の帰路、山間の宿場町に泊まった一行。
昼の視察と夜の温泉騒動の疲れが重なり、ねねは早々に布団に潜り込んで「明日こそ寝不足ちゃうで」と宣言。
千鶴は「夜間警備」と称して物見櫓に向かっていた。
そして秀吉はというと──
宿の屋根に登って、夜風に当たっていた。
「……今日は静かやなあ」
星が澄んでいる。
墨俣の喧騒とは違う、旅先の夜のしんとした空気。
そこへ、そっと屋根瓦を踏んで近づく影。
「……殿下」
声の主は、お濃だった。
「なんや、寝たんちゃうんか?」
「はい。……でも、寝つけませんでした」
「珍しいな。あんた、意外とよう寝るやん」
「“よう寝る”と言われたのは初めてです」
ふたりの笑い声が、夜の屋根に広がる。
「今日の視察、お見事でした。
殿下の質問、的確でしたし、記録に残しておくべき技術も押さえていました」
「おおきにな。……まあ、おかげさんで“混浴記録”も一部あるけどな」
お濃はくすっと笑って、顔を伏せた。
「──殿下」
「ん?」
「私が、こうして傍にいるのは」
「ん?」
「……忠義、だけではありません」
夜風がふわりと、ふたりの間を撫でた。
「私は、殿下の笑う顔が好きです。
殿下が民と話す時の優しさ、政を語る時の真剣さ……それを、ずっと見ていたいと思うんです」
「お、お濃……?」
「ですから私、殿下に“仕えたい”のは、忠義だけやない。
……それ以上の、想いがあるからで──」
「殿下ああああああああああ!!!」
「うわっ、なんや!?」
突然、下から女中が叫びながら駆け上がってくる。
「殿下ぁぁぁ! 湯の火が強すぎて、浴槽が沸騰し始めてますぅぅぅ!!!」
「ま、またかい!? なんでわしの視察旅、毎回“風呂トラブル”あんねん!?」
「うちのおしの様が“ちょっと熱いくらいのほうが恋も盛り上がります♡”とか……」
「おしのぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
◆ ◆ ◆
再び屋根に戻った時、そこにお濃の姿はなかった。
代わりに、置き去りにされた髪紐が、夜風に揺れていた。
「……あいつ、言いかけてたな」
想いは届きかけて、遮られた。
“忠義だけやない”
その続きが、どうしても気になる。
でも──
「わし、まだ……答え、出せへんのや」
それでも確かに。
誰かの想いを、ひとつずつ、受け止め始めている。
そう、秀吉はそっと、髪紐を懐にしまった。
──風はまだ吹いていた。
墨俣の男を、また少しだけ、強くするように。
昼の視察と夜の温泉騒動の疲れが重なり、ねねは早々に布団に潜り込んで「明日こそ寝不足ちゃうで」と宣言。
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宿の屋根に登って、夜風に当たっていた。
「……今日は静かやなあ」
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そこへ、そっと屋根瓦を踏んで近づく影。
「……殿下」
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「はい。……でも、寝つけませんでした」
「珍しいな。あんた、意外とよう寝るやん」
「“よう寝る”と言われたのは初めてです」
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「……忠義、だけではありません」
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「私は、殿下の笑う顔が好きです。
殿下が民と話す時の優しさ、政を語る時の真剣さ……それを、ずっと見ていたいと思うんです」
「お、お濃……?」
「ですから私、殿下に“仕えたい”のは、忠義だけやない。
……それ以上の、想いがあるからで──」
「殿下ああああああああああ!!!」
「うわっ、なんや!?」
突然、下から女中が叫びながら駆け上がってくる。
「殿下ぁぁぁ! 湯の火が強すぎて、浴槽が沸騰し始めてますぅぅぅ!!!」
「ま、またかい!? なんでわしの視察旅、毎回“風呂トラブル”あんねん!?」
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「おしのぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
◆ ◆ ◆
再び屋根に戻った時、そこにお濃の姿はなかった。
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「……あいつ、言いかけてたな」
想いは届きかけて、遮られた。
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でも──
「わし、まだ……答え、出せへんのや」
それでも確かに。
誰かの想いを、ひとつずつ、受け止め始めている。
そう、秀吉はそっと、髪紐を懐にしまった。
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