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第9章『雲は西へ、風は城下へ』
第八十五話『信長、笑う──あいつの“光と影”』
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「“墨俣の虎”、とな」
清洲城本丸、上座に座す織田信長が、文を手にしてふっと笑った。
城下で出回っている瓦版には、こう書かれていた。
『墨俣の若き城主・木下藤吉郎。
戦にて民を守り、政にて町を興す。
その姿、“風のごとく現れ、民の盾となる”。名を、“墨俣の虎”と称す』
隣に控える柴田勝家が、しかめ面を崩さぬまま口を開く。
「……誇張が過ぎますな」
「民の言葉とは、常に誇張を含むものよ。
されど、無から生まれはせぬ」
信長は唇をゆるめ、文を置いた。
「おもしろい。あいつはどこまで走るつもりか」
◆ ◆ ◆
一方、評定の間では数名の重臣が集い、信長不在の雑談が始まっていた。
「また藤吉郎の話か。あの男、もう“尾張の希望”とまで言われておるそうだ」
「墨俣を起点に、町は肥え、商は集い、戦さえ制した。確かに逸材かもしれんが……」
「“出過ぎた杭”は、抜かれやすいものよ」
そこにいたのは、柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、そして再び清洲へ戻っていた若き猛将・前田利家。
「だが、藤吉郎は“調子に乗る”というより、“乗せられている”ようにも見えるがな」
利家の一言に、滝川が鼻を鳴らした。
「そりゃあの男が“民の笑顔”を盾にして戦ったのは知っておるがな。
武家たるもの、“己が栄光”より、“家の栄え”を重んじねば」
柴田がふと、文の一節を思い出したように口にした。
「“民を守る者、風となり、墨俣を駆ける”。──甘いな」
「だが、あの甘さが……案外、毒になりかねぬ」
◆ ◆ ◆
その晩、信長はふたたび本丸にて独り、星を眺めていた。
「虎か……風か……」
文机に手を置きながら、ふと呟く。
「光あるところには、影がある。
あいつが“光”を纏えば纏うほど、影もまた、深くなるだろう」
信長は盃を手にして、静かに嗤った。
「それが見ものよ。
──調子に乗らせて、潰れるやつかどうか。
その先が、“家臣”か、“化け物”か。
わしが選ぶ時が来る……ふふ、楽しみじゃのう」
月明かりが、盃の中に差し込む。
その揺らめきは、まるで藤吉郎という“異端の風”を飲み干す予兆のようだった。
◆ ◆ ◆
一方、墨俣では。
「殿下~! 明日の屋台巡回順、決めてください~!」
「“藤吉郎焼き”新作出ましたー!」
「今日の子ども劇、“風の盾ごっこ”、千鶴様が鬼役です!」
「またかい!! わしの城下、どないなっとるんやぁ!!!」
光に照らされる墨俣の町。
その光は、やがて信長の眼前へと──まっすぐ伸びてゆく。
清洲城本丸、上座に座す織田信長が、文を手にしてふっと笑った。
城下で出回っている瓦版には、こう書かれていた。
『墨俣の若き城主・木下藤吉郎。
戦にて民を守り、政にて町を興す。
その姿、“風のごとく現れ、民の盾となる”。名を、“墨俣の虎”と称す』
隣に控える柴田勝家が、しかめ面を崩さぬまま口を開く。
「……誇張が過ぎますな」
「民の言葉とは、常に誇張を含むものよ。
されど、無から生まれはせぬ」
信長は唇をゆるめ、文を置いた。
「おもしろい。あいつはどこまで走るつもりか」
◆ ◆ ◆
一方、評定の間では数名の重臣が集い、信長不在の雑談が始まっていた。
「また藤吉郎の話か。あの男、もう“尾張の希望”とまで言われておるそうだ」
「墨俣を起点に、町は肥え、商は集い、戦さえ制した。確かに逸材かもしれんが……」
「“出過ぎた杭”は、抜かれやすいものよ」
そこにいたのは、柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、そして再び清洲へ戻っていた若き猛将・前田利家。
「だが、藤吉郎は“調子に乗る”というより、“乗せられている”ようにも見えるがな」
利家の一言に、滝川が鼻を鳴らした。
「そりゃあの男が“民の笑顔”を盾にして戦ったのは知っておるがな。
武家たるもの、“己が栄光”より、“家の栄え”を重んじねば」
柴田がふと、文の一節を思い出したように口にした。
「“民を守る者、風となり、墨俣を駆ける”。──甘いな」
「だが、あの甘さが……案外、毒になりかねぬ」
◆ ◆ ◆
その晩、信長はふたたび本丸にて独り、星を眺めていた。
「虎か……風か……」
文机に手を置きながら、ふと呟く。
「光あるところには、影がある。
あいつが“光”を纏えば纏うほど、影もまた、深くなるだろう」
信長は盃を手にして、静かに嗤った。
「それが見ものよ。
──調子に乗らせて、潰れるやつかどうか。
その先が、“家臣”か、“化け物”か。
わしが選ぶ時が来る……ふふ、楽しみじゃのう」
月明かりが、盃の中に差し込む。
その揺らめきは、まるで藤吉郎という“異端の風”を飲み干す予兆のようだった。
◆ ◆ ◆
一方、墨俣では。
「殿下~! 明日の屋台巡回順、決めてください~!」
「“藤吉郎焼き”新作出ましたー!」
「今日の子ども劇、“風の盾ごっこ”、千鶴様が鬼役です!」
「またかい!! わしの城下、どないなっとるんやぁ!!!」
光に照らされる墨俣の町。
その光は、やがて信長の眼前へと──まっすぐ伸びてゆく。
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