豊臣ハーレム❤『豊臣秀吉、愛と政の合間にて──天下を取ったらハーレムがついてきた件』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第10章『風は止まず、想い揺れる秋』

第九十四話『草履を脱いで、泥を踏む』

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 小牧の朝は、墨俣より少しだけひんやりしていた。

 だが、その冷えた空気のなかに、少しずつあたたかさが差し込み始めていた。

 「……ほんまに、田に入るんですか、殿下」

 田植えを控えた村外れの田んぼ。
 老いた農夫が、まだ湿りの残る泥を見つめながら問うた。

 「そや」

 「殿下は武家ですし、政の人でしょう」

 「せやな。でも、百姓の子でもある」

 秀吉は、にっこりと笑った。
 そのまま足元に手を伸ばし、きちんと整えられた草履を脱いだ。

 「わしの政は、草履から始まったんや」

 そして、ざぶり、と足を踏み入れる。

 泥の冷たさ。
 踏みしめた足の下から、じんわりと力が返ってくるような感触。

 「うわっ……やっぱ冷た!」

 「殿下、慣れない足やろ、滑るで!」

 「わし、田んぼ歩くの十年ぶりやからな!」

 農夫たちの笑い声が起こる。

 やがて、ねね・おしの・お濃・千鶴も駆けつける。

 「なにやってんのあんた!」

 「政の視察とは聞いてましたが、まさか泥んこ調査とは」

 「……湯、沸かしておきます」

 千鶴の言葉に、なぜか皆が笑った。

 ◆ ◆ ◆

 それは、ほんの数分だった。
 秀吉が泥に足を入れた。
 ただそれだけで、農夫たちの目が変わった。

 「わしらの田に、殿下が……」

 「“わしらの”……やと」

 「うん。“殿下の田”でも“役所の”でもない。
 “わしらの田”って、初めて言えた気がする」

 ◆ ◆ ◆

 その夜。

 湯あがりの広間。
 ねねがぽつりと呟いた。

 「うち……考えてもうたわ」

 「なにを?」

 「“殿下にふさわしい女”って、なんなんやろう、って」

 おしのも、うなずく。

 「墨俣のときは、世話ができればええと思ってた。
 でも、今日みたいな姿見てたら──あの人は、もっと遠く行く気がする」

 「隣におるには、並ぶ覚悟が要るんやな」

 お濃が、香を焚きながら呟いた。

 「どの“距離”で支えるのが、一番“あの人の力”になるんやろうね」

 千鶴は無言で、お茶を注ぎ、三人の前に置いた。

 ──答えはまだ出ない。
 でも。
 誰もが心のなかで、自分の“立ち位置”を見つめ始めていた。

 ◆ ◆ ◆

 翌朝。

 城下の広場には、こんな噂が飛び交っていた。

 「殿下、泥に入って農具も直してくれたらしいで!」
 「墨俣でも同じように“靴脱いで歩いた”ってよ!」
 「そら、ほんまもんやな。あの人は」

 “草履を脱いだ殿下”の姿は、たった一日のうちに小牧じゅうに広がり、
 「この男は違う」という熱気が、民の胸にじんわりと根づき始めていた。

 泥のぬくもりは、やがて政の信頼へ──
 藤吉郎の歩む道が、またひとつ、確かに踏みしめられた瞬間だった。

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