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第10章『風は止まず、想い揺れる秋』
第九十三話『小牧の地、現る──整備なき城と、荒れた民』
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九月半ば、小牧の空はどこか重く、どこか乾いていた。
木下藤吉郎秀吉が新たに赴任する任地──尾張国・小牧。
その地に初めて足を踏み入れた瞬間、彼は空気の違いを感じていた。
「……墨俣とは、えらい違いやな」
城の門をくぐると、まず目に入ったのは荒れた庭、ひび割れた石畳、雑に積まれた荷物。
役人たちの態度もまた、どこかよそよそしく、しかし鼻にかけたような気配をまとっていた。
「殿下とやら、ようこそ……あまり“口を出されませぬよう”、お願い申し上げます」
「なんや、その言い草は」
秀吉の眉がわずかに動く。
だが、その怒気を抑えて笑顔を浮かべた。
「よろしく頼むで。──ここを“人が笑える場所”にしたいんや」
◆ ◆ ◆
城の広間。
ねねはすでに帳簿を広げ、地元の財務記録に目を通していた。
「これ、金の出入りが年単位でおかしい。
“城の修繕費”として数年分計上されてるけど、修繕された形跡ゼロや」
「つまり、誰かが“城”の名目で私腹肥やしとるってことやな」
お濃が側で呟く。
「商人筋の取引も不自然や。
“独占契約”を結んでるのは地元の古参役人の縁者。値段は三割上乗せ」
千鶴は黙って立ち上がり、刀を手に取った。
「何をする気や」ねねが問いかける。
「地元の“治安維持者”とやらに、礼儀を教えるだけです」
「待て、千鶴。まずは話し合いや」
秀吉は穏やかに言った。
「でもな、わしらの“正しさ”を伝えるには、まず“誠意”を見せなあかん」
「誠意?」
「城の掃除や。畳を全部干して、庭を整えて、壊れた井戸を直す」
「……そんなことからか」
「そんなことからや」
◆ ◆ ◆
翌日。
城内には、女中たちと兵士たちが入り交じって動く姿があった。
ねねは商人を呼び、布と灯を交換して屋内を明るくし、
お濃は香を焚いて“空気”を変える。
千鶴は古びた門をひとりで修復した。
「この三日で……雰囲気が、変わった?」
旧役人のひとりがぽつりと呟いた。
「殿下の女房衆……侮れんな」
「侮るもなにも、今や“政の柱”やで」
◆ ◆ ◆
夜。
広間で茶をすする秀吉のもとに、三人のヒロインが集まった。
「まずは“空気”を整えた。
次は、地元の農家や職人たちの声を集めよう」
「民の声を“政”にするんやな」
「そや」
「なら……うちの出番やな」
ねねがにやりと笑った。
「こっからは、あんたの“隣にいる女房”やなくて、“この城の主婦”としてやったる」
「……頼りにしとる」
「当たり前やろ」
外では、風が少し冷たくなり始めていた。
夏の終わり、秋の政が始まる──
整備なき城は、整える者があってこそ“生きる”──その第一歩が、今ここから始まった。
木下藤吉郎秀吉が新たに赴任する任地──尾張国・小牧。
その地に初めて足を踏み入れた瞬間、彼は空気の違いを感じていた。
「……墨俣とは、えらい違いやな」
城の門をくぐると、まず目に入ったのは荒れた庭、ひび割れた石畳、雑に積まれた荷物。
役人たちの態度もまた、どこかよそよそしく、しかし鼻にかけたような気配をまとっていた。
「殿下とやら、ようこそ……あまり“口を出されませぬよう”、お願い申し上げます」
「なんや、その言い草は」
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だが、その怒気を抑えて笑顔を浮かべた。
「よろしく頼むで。──ここを“人が笑える場所”にしたいんや」
◆ ◆ ◆
城の広間。
ねねはすでに帳簿を広げ、地元の財務記録に目を通していた。
「これ、金の出入りが年単位でおかしい。
“城の修繕費”として数年分計上されてるけど、修繕された形跡ゼロや」
「つまり、誰かが“城”の名目で私腹肥やしとるってことやな」
お濃が側で呟く。
「商人筋の取引も不自然や。
“独占契約”を結んでるのは地元の古参役人の縁者。値段は三割上乗せ」
千鶴は黙って立ち上がり、刀を手に取った。
「何をする気や」ねねが問いかける。
「地元の“治安維持者”とやらに、礼儀を教えるだけです」
「待て、千鶴。まずは話し合いや」
秀吉は穏やかに言った。
「でもな、わしらの“正しさ”を伝えるには、まず“誠意”を見せなあかん」
「誠意?」
「城の掃除や。畳を全部干して、庭を整えて、壊れた井戸を直す」
「……そんなことからか」
「そんなことからや」
◆ ◆ ◆
翌日。
城内には、女中たちと兵士たちが入り交じって動く姿があった。
ねねは商人を呼び、布と灯を交換して屋内を明るくし、
お濃は香を焚いて“空気”を変える。
千鶴は古びた門をひとりで修復した。
「この三日で……雰囲気が、変わった?」
旧役人のひとりがぽつりと呟いた。
「殿下の女房衆……侮れんな」
「侮るもなにも、今や“政の柱”やで」
◆ ◆ ◆
夜。
広間で茶をすする秀吉のもとに、三人のヒロインが集まった。
「まずは“空気”を整えた。
次は、地元の農家や職人たちの声を集めよう」
「民の声を“政”にするんやな」
「そや」
「なら……うちの出番やな」
ねねがにやりと笑った。
「こっからは、あんたの“隣にいる女房”やなくて、“この城の主婦”としてやったる」
「……頼りにしとる」
「当たり前やろ」
外では、風が少し冷たくなり始めていた。
夏の終わり、秋の政が始まる──
整備なき城は、整える者があってこそ“生きる”──その第一歩が、今ここから始まった。
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