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第16章《京都進出!女たちの都入りと恋の陣形編》
第155話『公家ガールズの逆襲──“殿下に恋文百通”大作戦』
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都の春は、香に包まれる。東山の桜がほころび、賀茂川のせせらぎが女たちの嫉妬をなだめるかのように流れていた。
だが、三条殿の女房衆たちにとっては、そんな風流どころではなかった。
「何百通って、どういうことやねん!? あの公家の姫は筆を持ったら止まらへんのか!」
おしのが机の上に積み上げられた恋文の山を前に、拳を震わせていた。
香子、舞衣を筆頭とした“公家ガールズ”による、秀吉への恋文攻勢。それは戦略というより、風流な武器であった。
「拙者、関白殿下のご威光に惹かれ……」「文机に咲く春の花、ひとひらでもよいから拾っていただきたく……」
どれもこれも、筆致は美しく、文言も秀麗。しかし京育ちの余裕と、百戦錬磨の色香が、ねねや珠子たちの鼻を逆撫でした。
「秀吉はんの字を見ただけで惚れるんかいな、ほんま公家は怖いわ……」
珠子が恋文を手に取り、ふうとため息を吐いた。
「よぉし……こうなったら、あたしたちも百通くらい書いたる!」
おしのが宣戦布告するように机に向かおうとしたそのとき、ねねが静かに立ち上がった。
「待ちなさい、おしの。それは違うわ」
「……なんでや、ねね姉。恋文合戦なら、こっちだって負けてられへんやろ?」
ねねは少し悲しそうな目で恋文の山を見つめた。
「これだけの文を、ただの遊びで書けると思う? この中には、きっと……本気のものもある」
その言葉に、女房衆たちは一瞬静まり返った。
「だったら……燃やした方がええんちゃう?」と、珠子が焚き火の準備を始める。
「ちょっと珠子!? それはそれでアカンやろ! 情緒もへったくれも……」
千鶴が慌てて止めるが、珠子は「ぜんぶまとめて灰にしてしまえばええんよ。どうせ本気じゃないんやろ?」と無理やり火鉢を引き寄せる。
ねねとおしのも、それを止めようとするが──
「──これだけは、読ませて?」
珠子の手が、ひとつの文を取り上げた。
紫の房のついた和紙には、まるで絵巻のように繊細な文字が綴られていた。
「……『拝啓 豊臣秀吉様 この世にあなた様ほど、竹のように強く、柳のようにしなやかなお方がいましょうか。わたくしは、まだお姿を遠目に拝したばかり。けれど、胸に灯った焔は消えませぬ』……」
珠子の声が、だんだん震えていく。
「……『わたくしは、あの日よりずっと……心があなた様の名を呼んでおります』……」
ぽろり。
珠子の頬を、涙が伝った。
「……これ、ズルいやん。こんなん、戦やなくて……もう、愛やん……」
女房衆たちの怒りの炎が、しんと静まり返った。
「なあ、うち……いっぺんだけ、負け認めてもええやろか?」
おしのが、ぽつりと言う。
「そやな……」
ねねも、そっと頷いた。
だがその沈黙を破ったのは、千鶴の鋭い声だった。
「それでも! それでも、殿下に選ばれるのは……わたしたちなんや!」
勢いよく顔を上げた千鶴に、おしのが噴き出す。
「うわ、やっぱ火は消えへんな、うちの中の恋の炎!」
「せやろ!? せやろ!? よっしゃ、次は歌合戦や!」
「いや、ちょっと待って、今度は香合や!」
「いやいや、やっぱり夜伽勝負──」
「おしの、黙れぇぇぇ!」
三条殿の春の宵に、女房衆の怒号と笑い声が響き渡る。
その翌朝。
秀吉は、机の上に残された一通の恋文に気づく。
「……なんや、これ」
文を手に取ると、見慣れた筆跡で、こう綴られていた。
『殿下へ 手紙なんて書いたことなかったけど、あんたにだけは、書いてみたくなった──ねね』
秀吉は、ふっと目を細めた。
──都の春は、恋の手紙で燃えていた。
だが、三条殿の女房衆たちにとっては、そんな風流どころではなかった。
「何百通って、どういうことやねん!? あの公家の姫は筆を持ったら止まらへんのか!」
おしのが机の上に積み上げられた恋文の山を前に、拳を震わせていた。
香子、舞衣を筆頭とした“公家ガールズ”による、秀吉への恋文攻勢。それは戦略というより、風流な武器であった。
「拙者、関白殿下のご威光に惹かれ……」「文机に咲く春の花、ひとひらでもよいから拾っていただきたく……」
どれもこれも、筆致は美しく、文言も秀麗。しかし京育ちの余裕と、百戦錬磨の色香が、ねねや珠子たちの鼻を逆撫でした。
「秀吉はんの字を見ただけで惚れるんかいな、ほんま公家は怖いわ……」
珠子が恋文を手に取り、ふうとため息を吐いた。
「よぉし……こうなったら、あたしたちも百通くらい書いたる!」
おしのが宣戦布告するように机に向かおうとしたそのとき、ねねが静かに立ち上がった。
「待ちなさい、おしの。それは違うわ」
「……なんでや、ねね姉。恋文合戦なら、こっちだって負けてられへんやろ?」
ねねは少し悲しそうな目で恋文の山を見つめた。
「これだけの文を、ただの遊びで書けると思う? この中には、きっと……本気のものもある」
その言葉に、女房衆たちは一瞬静まり返った。
「だったら……燃やした方がええんちゃう?」と、珠子が焚き火の準備を始める。
「ちょっと珠子!? それはそれでアカンやろ! 情緒もへったくれも……」
千鶴が慌てて止めるが、珠子は「ぜんぶまとめて灰にしてしまえばええんよ。どうせ本気じゃないんやろ?」と無理やり火鉢を引き寄せる。
ねねとおしのも、それを止めようとするが──
「──これだけは、読ませて?」
珠子の手が、ひとつの文を取り上げた。
紫の房のついた和紙には、まるで絵巻のように繊細な文字が綴られていた。
「……『拝啓 豊臣秀吉様 この世にあなた様ほど、竹のように強く、柳のようにしなやかなお方がいましょうか。わたくしは、まだお姿を遠目に拝したばかり。けれど、胸に灯った焔は消えませぬ』……」
珠子の声が、だんだん震えていく。
「……『わたくしは、あの日よりずっと……心があなた様の名を呼んでおります』……」
ぽろり。
珠子の頬を、涙が伝った。
「……これ、ズルいやん。こんなん、戦やなくて……もう、愛やん……」
女房衆たちの怒りの炎が、しんと静まり返った。
「なあ、うち……いっぺんだけ、負け認めてもええやろか?」
おしのが、ぽつりと言う。
「そやな……」
ねねも、そっと頷いた。
だがその沈黙を破ったのは、千鶴の鋭い声だった。
「それでも! それでも、殿下に選ばれるのは……わたしたちなんや!」
勢いよく顔を上げた千鶴に、おしのが噴き出す。
「うわ、やっぱ火は消えへんな、うちの中の恋の炎!」
「せやろ!? せやろ!? よっしゃ、次は歌合戦や!」
「いや、ちょっと待って、今度は香合や!」
「いやいや、やっぱり夜伽勝負──」
「おしの、黙れぇぇぇ!」
三条殿の春の宵に、女房衆の怒号と笑い声が響き渡る。
その翌朝。
秀吉は、机の上に残された一通の恋文に気づく。
「……なんや、これ」
文を手に取ると、見慣れた筆跡で、こう綴られていた。
『殿下へ 手紙なんて書いたことなかったけど、あんたにだけは、書いてみたくなった──ねね』
秀吉は、ふっと目を細めた。
──都の春は、恋の手紙で燃えていた。
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