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《砂漠の秘宝と、快楽を記す遺跡へ》 ――触れ合いを石に刻んだ民の、失われた祈りとは?
第157話『快楽は記憶の証──書き残す癒し』
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──その石には、文字がなかった。
遺跡《ザハル=ネファシュ》の中庭、
数百年の風砂に削られ、誰も触れなかった記録石板。
かつては“施術を受けた者自身が、想いを記す”ために用意された場所だったという。
そして今、その前に静かに人々が並び始めていた。
「……ここに、私も書いていいんでしょうか?」
「もちろんです。あなたの“癒された記憶”を、残してあげてください」
案内するのは、リリシア。
記触師の末裔として、
そして《記香庵》の施術責任者として、
“癒された者たちが、癒されたことを記す”文化を新たに紡いでいた。
*
人々の手が、石板へと添えられていく。
香炉に一滴だけ垂らされた“記憶香”。
それに導かれるようにして、石板には淡い線が現れはじめた。
「はじめて、“だいじょうぶ”って言われた。
ほんとうに、言われた気がした。
私は泣いたけど、あの人の手は離れなかった」
「あの施術の日、“あなたの好きにしていい”って言われた。
誰かに、選ばせてもらったの、初めてだった」
「“香り”が、昔好きだった人の髪に似てた。
泣くつもりなかったのに、泣いてしまった。
でも、それを見て“ありがとう”って言ってくれたあの人が、忘れられない」
流星は、少し離れたところでそれを見ていた。
彼の隣に立つのは、リリシア。
「これが……“癒されたことを、記録する”ってことなんだな」
「ええ。施術者の記録だけじゃなくて、
受け取った側が“癒されたことを肯定する”──
それが、この街で“文化”として生まれつつあること」
「……みんな、最初は“書けない”って顔してるのにな」
「でも、手が覚えてるんです。
あのとき、あの人がどんなふうに触れてくれたか。
自分がどう息をして、どう泣いて、どう笑ったか──
その全部が、香の導きで“手に戻ってくる”んです」
「……文字ってのは、記録じゃなくて、想いなんだな」
リリシアは静かに頷いた。
「ええ。“触れられた記憶”は、消えない。
香と肌に残った記録は、こうしてまた誰かに伝えられる」
「たとえば、こんなふうに──」
彼女は、自分の手で石板の一角に記した。
「私は、ある旅人に出会った。
彼の手は、少し不器用で、でもとてもやさしかった。
私は、彼に施術をした。
でも、本当に癒されたのは、きっと私のほうだった」
流星は、少し目を逸らしながら鼻をすする。
「……まったく、ずるい書き方しやがって……」
「え?」
「なんでもない」
*
日が傾きはじめ、刻まれる文字もゆっくりと減っていく。
だが石板の表面には、数十にも及ぶ“香の詩”が生きていた。
言葉にすれば簡単すぎること。
「ありがとう」とか、「好きだった」とか、「寂しかった」とか。
だけど、言えなかった気持ちが、今、確かに残されていく。
「癒されるって、記憶の中にもう一度“自分を許してくれた人”が残ることなんだな……」
流星がぽつりとつぶやいた。
リリシアは隣で微笑む。
「あなたの施術も、ちゃんと誰かに残ってますよ。
“あの手は忘れられなかった”って、さっき書いていった子がいました」
「マジか……誰だよ……」
「さぁ、秘密です」
香の風が吹く。
その風が、すべての石板を優しく撫でていく。
癒された人が、自分のために記す“快楽の詩”。
それはかつて封じられていた遺跡に、新たな生命を吹き込んでいた。
“書かれる風俗”。
それは、ただの記録ではない。
「ふれられた自分」を、世界のどこかに、静かに肯定するということ。
*
その夜、流星はひとりで石板に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。
「……俺も、書いてみようかな」
香を焚く。
指先が石板に触れる。
快楽文字が、静かに浮かび上がる。
「誰かを癒したいと思った夜があった。
“ととのった”って笑ってくれた顔を、俺は忘れてない」
「だから、また明日も癒す。
今日、“好きだ”と言えなかったその人のことを、
俺は今日、ここに記しておく」
香が広がり、記録がひとつ、石に刻まれた。
遺跡《ザハル=ネファシュ》の中庭、
数百年の風砂に削られ、誰も触れなかった記録石板。
かつては“施術を受けた者自身が、想いを記す”ために用意された場所だったという。
そして今、その前に静かに人々が並び始めていた。
「……ここに、私も書いていいんでしょうか?」
「もちろんです。あなたの“癒された記憶”を、残してあげてください」
案内するのは、リリシア。
記触師の末裔として、
そして《記香庵》の施術責任者として、
“癒された者たちが、癒されたことを記す”文化を新たに紡いでいた。
*
人々の手が、石板へと添えられていく。
香炉に一滴だけ垂らされた“記憶香”。
それに導かれるようにして、石板には淡い線が現れはじめた。
「はじめて、“だいじょうぶ”って言われた。
ほんとうに、言われた気がした。
私は泣いたけど、あの人の手は離れなかった」
「あの施術の日、“あなたの好きにしていい”って言われた。
誰かに、選ばせてもらったの、初めてだった」
「“香り”が、昔好きだった人の髪に似てた。
泣くつもりなかったのに、泣いてしまった。
でも、それを見て“ありがとう”って言ってくれたあの人が、忘れられない」
流星は、少し離れたところでそれを見ていた。
彼の隣に立つのは、リリシア。
「これが……“癒されたことを、記録する”ってことなんだな」
「ええ。施術者の記録だけじゃなくて、
受け取った側が“癒されたことを肯定する”──
それが、この街で“文化”として生まれつつあること」
「……みんな、最初は“書けない”って顔してるのにな」
「でも、手が覚えてるんです。
あのとき、あの人がどんなふうに触れてくれたか。
自分がどう息をして、どう泣いて、どう笑ったか──
その全部が、香の導きで“手に戻ってくる”んです」
「……文字ってのは、記録じゃなくて、想いなんだな」
リリシアは静かに頷いた。
「ええ。“触れられた記憶”は、消えない。
香と肌に残った記録は、こうしてまた誰かに伝えられる」
「たとえば、こんなふうに──」
彼女は、自分の手で石板の一角に記した。
「私は、ある旅人に出会った。
彼の手は、少し不器用で、でもとてもやさしかった。
私は、彼に施術をした。
でも、本当に癒されたのは、きっと私のほうだった」
流星は、少し目を逸らしながら鼻をすする。
「……まったく、ずるい書き方しやがって……」
「え?」
「なんでもない」
*
日が傾きはじめ、刻まれる文字もゆっくりと減っていく。
だが石板の表面には、数十にも及ぶ“香の詩”が生きていた。
言葉にすれば簡単すぎること。
「ありがとう」とか、「好きだった」とか、「寂しかった」とか。
だけど、言えなかった気持ちが、今、確かに残されていく。
「癒されるって、記憶の中にもう一度“自分を許してくれた人”が残ることなんだな……」
流星がぽつりとつぶやいた。
リリシアは隣で微笑む。
「あなたの施術も、ちゃんと誰かに残ってますよ。
“あの手は忘れられなかった”って、さっき書いていった子がいました」
「マジか……誰だよ……」
「さぁ、秘密です」
香の風が吹く。
その風が、すべての石板を優しく撫でていく。
癒された人が、自分のために記す“快楽の詩”。
それはかつて封じられていた遺跡に、新たな生命を吹き込んでいた。
“書かれる風俗”。
それは、ただの記録ではない。
「ふれられた自分」を、世界のどこかに、静かに肯定するということ。
*
その夜、流星はひとりで石板に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。
「……俺も、書いてみようかな」
香を焚く。
指先が石板に触れる。
快楽文字が、静かに浮かび上がる。
「誰かを癒したいと思った夜があった。
“ととのった”って笑ってくれた顔を、俺は忘れてない」
「だから、また明日も癒す。
今日、“好きだ”と言えなかったその人のことを、
俺は今日、ここに記しておく」
香が広がり、記録がひとつ、石に刻まれた。
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