異世界風俗❤『異世界転生したら風俗店こそが癒しの最前線だった件~俺は冒険して稼ぎ、全力で愛され、そして搾られる~』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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《砂漠の秘宝と、快楽を記す遺跡へ》 ――触れ合いを石に刻んだ民の、失われた祈りとは?

第172話『覚えていても、届かない──夢の愛の不在』

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 ──人は夢を見たまま、現実に帰れなくなることがある。

 それが幸福なら、なおさらだ。

 *

「……あなたに、現実で会った覚えはありません」

 その女性は、香庁の尋問室でそう答えた。

「けれど、私は“彼”の声を覚えています。
 優しくて、低くて、背中を撫でるときに必ず『だいじょうぶだよ』って囁いてくれた。
 あの声があったから、私は──生きていられるんです」

「彼って誰ですか?」

 アリシアの問いに、彼女は静かに笑う。

「わかりません。
 でも、彼はたしかに“私のことを好きだ”と言ってくれた」

「……現実では?」

「現実? そんなの、どうでもいいです。
 私には、夢で愛された記憶があるんですから。
 “そこ”でだけ、私は愛されていたんですから……」

 *

「完全に依存状態ですね」

 診断を終えた香庁医師が、重く言う。

「この方は施術を何度も繰り返すうちに、
 “夢で愛された記憶”を現実以上の幸福と認識してしまった。
 現実の対人関係をすべて遮断し、
 香と眠りだけを求めるようになっています」

「これ……もう“癒し”じゃないよね」

 ミレーユが呻くように言った。

「“愛された”って記憶だけで、現実に触れられなくなるなんて──
 癒すどころか、“孤立を固定化”してる」

「けれど、“施術者は何もしていない”。
 記録も、接触も、現実的な責任もゼロ」

 リリアが静かに補足する。

「つまりこの都市では、
 “現実に存在しない者に愛される”という構造そのものが、
 人の心を壊しうるシステムになってるの」

 *

 その日、都市中央にある“夢接触者相談所”には、
 依存症と診断された患者が続々と運び込まれていた。

「誰かに会いたいんです」
「でも、顔が思い出せない」
「声だけが、夜ごと耳に残るんです」
「現実に誰かを愛する必要がない。だって、夢の中には“あの人”がいるから」

 その表情には、恐怖はなかった。

 あるのは、微笑みと、諦念。

「癒されたから、私はもう大丈夫です」
「誰にも触れなくていい。もう、夢の中だけで、生きていけるから」

 *

「……これが“癒し”の果てかよ」

 流星は屋上の香台に腰を下ろし、重い声でつぶやいた。

「記録がない施術。
 記憶だけの快楽。
 愛されたという“温もりの感触”だけが、現実に残る」

「でも、それは──誰にも届かない」

 アリシアがそっと横に立つ。

「癒されたという記憶は、彼女たちにとって真実。
 けれど、“誰に”癒されたかが存在しない以上、
 その感謝も、想いも、どこにも返せない」

「……一方通行なんだな」

 流星は小さく笑った。

「“ありがとう”を言えない癒しなんて、
 いつか“誰かを憎む心”にすり替わる気がする」

「どうしてあの人はいなかったの?
 どうして名前を教えてくれなかったの?
 どうして私は、夢の中でしか愛されなかったの?──ってさ」

「……きっと、全部“愛された証”がなかったからだ」

 そのとき。

 背後から香風が舞い、白い衣をまとった少女が現れた。

「……ごめんなさい」

 それは、ソティアだった。

「……わたしの“癒し”が、誰かを壊してた」

「わたし、“愛してた”つもりだった。
 でも──“名前を名乗らないままの愛”が、
 こんなに誰かを孤独にするなんて、思ってなかった」

「ソティア……」

「……わたし、今からあなたにだけお願いする。
 どうか……
 “わたしの名前を残して”」

「誰かを愛した証を、
 夢じゃなくて、現実に、記録して」

「わたしは、もう“誰にも覚えられない癒し”じゃいたくない」

 流星は、すぐに答えた。

「わかった。
 あんたの名を、記す。
 “俺が愛されたのは、夢娼ソティアだ”って、
 世界に言ってやるよ」
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