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《桜下の政変と、恋する小姓たち──“前田家くノ一戦線”始動!》編
第138話『志乃、母となる──“前田家女子寮、保育騒動”』
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朝の陽がまだ京の屋根瓦に淡く差し込む頃、前田屋敷ではすでに異常事態が発生していた。
「ひ、ひいいぃぃっ!? き、急に高熱をっ!? ま、まだ修行がっ……!」
「うぅっ……鼻水が止まらな……く、くしゃみ! くしゃぁんっ!」
「せ、咳が……のどがイガイガして……でも、利家さまにお仕えするんだもんっ……っ」
屋敷中に響き渡る少女たちの鼻声とくしゃみと、そして時折混じる泣き声。
そう、くノ一見習いたちが、ほぼ全滅状態だった。
数日前、白露が抱えていた微熱が原因らしく、密室訓練中に感染が広がった模様。
そして、現在──。
「全員、寝かせました」
志乃は、いつもよりもほんの少し眉間のしわが深い。
「利家様のためにと頑張る姿は健気ですが、風邪には勝てません」
六畳の和室には、丸められた布団と湯たんぽ、そして布団からのぞく可愛らしい寝顔がいくつも並んでいた。
が、問題はここからだった。
「うぅっ……おなか、すいたぁ……」
「さっき飲んだおかゆ、こぼしちゃって……おかわり……」
「鼻水が、また垂れてきた……ふぇぇ……」
志乃の顔に、明らかな絶望が浮かぶ。
──この子たち、一人一人が“利家様に尽くしたい”という強烈な使命感で動いている。
それは可愛く、愛おしく、しかし──
「……この人数で、全員“利家様のため”って言うのは……もはや宗教です」
思わず、ぽつりと口から漏れた。
そのとき、障子の向こうから静かな声。
「前田教、ですね」
松であった。
穏やかに微笑みながら、桶に湯を張り、濡れ手ぬぐいを持参してくる。
「志乃様、こちらへ。交代で、少しでも仮眠を」
「ありがとう、松……でも、彼女たち、まるで我が子のようで……」
志乃は布団に近づき、くしゃみをした子の額にそっと手を当てた。
──母性とは、こうして育つものなのかもしれない。
そう思いながら。
午後になり、利家が屋敷へ戻ってくると、目にした光景は異様だった。
縁側の外、庭先には小さな洗濯物が並び、踏み石には濡れた手ぬぐいが干されている。
廊下の奥からは、鼻声で童歌を歌う声と、志乃の「ああ、待ってください、それ飲み薬じゃなくて墨汁です!」という悲鳴。
利家は静かに呟いた。
「……うち、いつの間に保育所になった?」
松が後ろから答える。
「正確には、“未来の忠義者育成所”です。利家様教団本部、と言い換えてもよいかと」
「やめろ」
それでも、利家が寝所に入ろうとすると、どこからかちょろちょろと音が……。
──豪姫、そして白露。
「パパ、おかえりなさいの舞っ、しよっ!」
「“忠義の香”……吹き込みます」
「ちょ、待て、俺はまだ覚悟が……って、うわっ!? こら、抱きつくなぁっ!?」
その日、利家は自分の寝間で“咳込みごっこ”に巻き込まれ、夜まで正座を余儀なくされたという。
その夜。
全員が眠りについた後の縁側。
志乃と松が肩を並べ、茶をすする。
「この子たち、本当に……前田家に命を捧げる気なのですね」
志乃の声は、ほんの少し震えていた。
「守らなきゃ。私たちが……名を、未来を、灯を──」
松が、そっと頷いた。
「ええ。私たちが、“名を支える女たち”であるために」
障子の奥、微かに聞こえる寝息。
その一つ一つが、未来の忠義者。
志乃は、ふと呟いた。
「……前田教、入信してしまいそうです」
松、「すでに教祖ですよ」と笑う。
縁側には、宵の月。
決して消えぬ、優しい灯が揺れていた。
「ひ、ひいいぃぃっ!? き、急に高熱をっ!? ま、まだ修行がっ……!」
「うぅっ……鼻水が止まらな……く、くしゃみ! くしゃぁんっ!」
「せ、咳が……のどがイガイガして……でも、利家さまにお仕えするんだもんっ……っ」
屋敷中に響き渡る少女たちの鼻声とくしゃみと、そして時折混じる泣き声。
そう、くノ一見習いたちが、ほぼ全滅状態だった。
数日前、白露が抱えていた微熱が原因らしく、密室訓練中に感染が広がった模様。
そして、現在──。
「全員、寝かせました」
志乃は、いつもよりもほんの少し眉間のしわが深い。
「利家様のためにと頑張る姿は健気ですが、風邪には勝てません」
六畳の和室には、丸められた布団と湯たんぽ、そして布団からのぞく可愛らしい寝顔がいくつも並んでいた。
が、問題はここからだった。
「うぅっ……おなか、すいたぁ……」
「さっき飲んだおかゆ、こぼしちゃって……おかわり……」
「鼻水が、また垂れてきた……ふぇぇ……」
志乃の顔に、明らかな絶望が浮かぶ。
──この子たち、一人一人が“利家様に尽くしたい”という強烈な使命感で動いている。
それは可愛く、愛おしく、しかし──
「……この人数で、全員“利家様のため”って言うのは……もはや宗教です」
思わず、ぽつりと口から漏れた。
そのとき、障子の向こうから静かな声。
「前田教、ですね」
松であった。
穏やかに微笑みながら、桶に湯を張り、濡れ手ぬぐいを持参してくる。
「志乃様、こちらへ。交代で、少しでも仮眠を」
「ありがとう、松……でも、彼女たち、まるで我が子のようで……」
志乃は布団に近づき、くしゃみをした子の額にそっと手を当てた。
──母性とは、こうして育つものなのかもしれない。
そう思いながら。
午後になり、利家が屋敷へ戻ってくると、目にした光景は異様だった。
縁側の外、庭先には小さな洗濯物が並び、踏み石には濡れた手ぬぐいが干されている。
廊下の奥からは、鼻声で童歌を歌う声と、志乃の「ああ、待ってください、それ飲み薬じゃなくて墨汁です!」という悲鳴。
利家は静かに呟いた。
「……うち、いつの間に保育所になった?」
松が後ろから答える。
「正確には、“未来の忠義者育成所”です。利家様教団本部、と言い換えてもよいかと」
「やめろ」
それでも、利家が寝所に入ろうとすると、どこからかちょろちょろと音が……。
──豪姫、そして白露。
「パパ、おかえりなさいの舞っ、しよっ!」
「“忠義の香”……吹き込みます」
「ちょ、待て、俺はまだ覚悟が……って、うわっ!? こら、抱きつくなぁっ!?」
その日、利家は自分の寝間で“咳込みごっこ”に巻き込まれ、夜まで正座を余儀なくされたという。
その夜。
全員が眠りについた後の縁側。
志乃と松が肩を並べ、茶をすする。
「この子たち、本当に……前田家に命を捧げる気なのですね」
志乃の声は、ほんの少し震えていた。
「守らなきゃ。私たちが……名を、未来を、灯を──」
松が、そっと頷いた。
「ええ。私たちが、“名を支える女たち”であるために」
障子の奥、微かに聞こえる寝息。
その一つ一つが、未来の忠義者。
志乃は、ふと呟いた。
「……前田教、入信してしまいそうです」
松、「すでに教祖ですよ」と笑う。
縁側には、宵の月。
決して消えぬ、優しい灯が揺れていた。
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