『おしっこパニックで恋が始まる!?』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『出世と尿意と、同窓会。〜私たち、あれから大人になりました〜』

第158話『大人のプライドとトイレ待ち』

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 ──それは、まるで修行だった。

 ざわついた居酒屋の2階奥、
 小さな手書きの「Toilet」の看板がぶらさがる廊下に、
 一列に並ぶ人々の姿があった。

 その中で、明らかに“異常な静寂”を保っている一角──
 それが、ヒロインたちのいる“女子組”だった。

「いや~俺さ~、この前さ~、仕事中にトイレ我慢して膀胱炎なったんだよ~」

 前に並ぶ男子グループの一人が、酔いに任せてベラベラ喋っている。

「マジで? ウケる~」

「いや、ぜんっぜんウケねーから!! いてーのなんのって……」

 その会話を、背中越しに聞きながら──
 ヒロインたちは、ただ黙っていた。

 ハルカ。ミキ。ナナ。ユイ。サバナ。そしてレイナ。

 6人の女子が、誰も一言も発さず、
 ただ真っ直ぐ前を見て、並んでいた。

 無言。沈黙。膀胱緊張。

 ──この状況下で、「私、漏れそう」なんて、もう言えない。

 大人になるとは、
「弱音を吐くことすら、計算する」ことなのだと──
 彼女たちは思い知っていた。

(トイレ……あと3人……)

 ハルカは心の中でカウントする。

 が、その3人の進みが……遅い。

 前の男子は、まだ喋ってる。

「でもさ、俺けっこー我慢強いって自負あったんだけどな~」

「もういい!! 早く済ませて帰ってきてぇぇぇ!!」

 と叫びたくなる衝動を、ハルカはかろうじて押し殺した。

(これが……“大人のトイレ地獄”……)

 ふと隣を見れば、ミキが両膝をくっつけたまま、天を見つめていた。

「私は……風になりたい……」

 もはや意識が飛びかけている。

 ナナは口を一文字に結び、
 スマホを見ているふりをしながら画面に何も表示していない。

 ユイは何度もスカートの裾を引っ張って調整していた。

 レイナは……なぜか少し笑っていた。

「ふふ……懐かしいな……この空気……」

 そう口にした彼女に、
 ハルカたちは同時に振り返った。

「……レイナ?」

「思い出さない? ほら、あの“謎ドリンク事件”のときの教室……」

 その一言に、皆の表情が変わった。

 ──教室で、全員がドリンクでトイレに行けずに沈黙した、あの日。

 “誰が最初に漏らすかゲーム”
 “気づかないふり選手権”
 “青春の膀胱破裂大会”

 思い出すたびに笑い話になる“地獄の記憶”。

 そして今──

「……変わってないな、私たち」

 ナナがぽつりと言う。

「大人になったのに、また並んで、我慢して、黙ってて」

「いや、むしろ今のほうがタチ悪いよ……“言えない”から……」

 ユイが小声で言った。

「“漏れそう”って、笑って言える年齢じゃ……ないもんね」

「“笑われる”んじゃなくて、“引かれる”年齢……」

「だからこそ、“無言”なんだよなぁ……」

 サバナが、ちょっと切なそうに呟いた。

 でも──

「それでも、こうして並んでるってだけで、なんか安心するね」

 レイナの言葉に、全員がまた目を合わせた。

 何も言わない。
 けど、少しだけ、肩の力が抜けた気がした。

(ああ、やっぱり私たち──変わってない)

 社会人になって、仕事も覚えて、通勤にも慣れて、
 ビジネスマナーだの報連相だの、なんだのかんだの積み上げてきたけど。

 でもここに並んでるのは──
 “あの頃”と、変わらない6人だった。

「……あっ、空いた」

 前のトイレのランプが緑に変わる。

 1人が中に入り、列が1つだけ進む。

 が、再び無言が続く。

「──この沈黙って、たぶん青春だよな」

 ハルカが呟いた。

「やかましいわ青春!! 今は真剣勝負だわ!!」

 ミキが全力で突っ込む。

 笑いが、じわりと広がる。

 たぶんこの時間が過ぎれば、
 誰かが「漏れそうだったわー」と笑い話にする。

 でも今はまだ、誰もが“ぎりぎり”で立っている。

 そして──
 順番は、確実に、少しずつ、迫ってきていた。

(続く)
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