『遺伝子治療革命〈エピゲノム・プロトコル〉──倫理と進化の臨界点』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第42話 空白を埋める者たち──新たな支配の影

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 世界は、ほんのわずかに自由を手に入れた。

 だが──
 同時に、かつての秩序も失った。

 その隙間を、見逃す者たちではなかった。

 ある深夜。

 つくば市郊外の廃工場跡地に、数十名の人影が集まっていた。

 男たち。
 女たち。

 かつて倫理適正庁に仕えていた元官僚、技術者、元警備部隊。

 彼らは、社会が混乱する今を、好機と見ていた。

「秩序は、必ず求められる」

 闇に沈んだ会議室で、
 一人の男が低く呟いた。

 背筋を伸ばした老齢の男──
 かつて適正庁の実務を取り仕切っていた重鎮、篠原陣介。

「自由などという幻想は、
 いずれ人々を不安に陥れる」

「混乱を収めるのは、常に“管理”だ」

「管理なき自由は、
 必ず暴走する」

 篠原の言葉に、周囲は頷く。

「だが、今さら“MIRA”をそのまま使うわけにはいかない」

「世界はそれを拒否した。
 あのやり方は、もう通じない」

「ならば──
 新たな秩序を、作ればいい」

 篠原は、冷ややかに言い放った。

「もっと洗練された、
 もっと巧妙な、
 “選別”を」

「人々に“自由を守るための検査”だと信じ込ませ──」

「自ら、分類されにくるように誘導するのだ」

 ざわめきが広がった。

 だが、誰も異論を唱えなかった。

 彼らは知っていた。

 人間は、自由を望みながら、
 同時に「不安」を最も恐れる存在だと。

 そして、不安を取り除くためなら──
 人間は、喜んで自ら鎖に繋がれることを。

 その頃。

 結彩と奏人は、自由連盟の小さな作戦室にいた。

 天城朔弥が、顔をしかめながら報告をまとめていた。

「……新たな動きがある」

 天城は、世界中の監視カメラ映像と、市民ネットワークからの通報データを統合し、浮かび上がったものを示した。

「“ニューフロンティア”という団体名が、各地で急速に現れ始めている」

「表向きは、市民自衛組織。
 だが実態は──旧適正庁系の再編だ」

「秩序を守るため」と称し、
 街の見回り、簡易精神診断、リスク評価登録──

 かつて適正庁がしていたことを、
 もっと洗練された形で復活させようとしている。

「自由を守るための“適正”だと?」

 奏人が、歯噛みした。

「そんなの、名前を変えただけじゃないか!」

「自由を守るために、また人を縛るのかよ!」

 結彩も、拳を握った。

「……私たちは、
 こんな未来を選んだんじゃない」

「自由って、
 選ぶことの痛みも抱えたまま、
 生きることだったはずだ」

「不安を消すために、また誰かを選別するなんて──」

「そんなもの、自由じゃない!」

 天城も、深く頷いた。

「……だから、俺たちは立ち上がるしかない」

「本当の自由を、
 世界に問い直すために」

 同じ夜。

 世界各地で、「ニューフロンティア」の小規模デモが展開された。

【秩序を取り戻せ】
【自由を守るための適性登録を】
【無秩序社会にNOを】

 プラカードを掲げる市民たち。

 彼らもまた、不安を抱えていた。
 守りたかった。
 失いたくなかった。

 ただ、その手段を、
 誰かに委ねてしまっただけだった。

 篠原陣介は、それを見下ろしていた。

「人間とは、変わらぬものだ」

「自由を与えれば、必ず不安を抱き、
 やがて自ら、管理を求める」

「我々は、
 その“自然な欲望”に応えるだけだ」

 冷たい笑み。

 静かに、新たな支配の影が、
 世界に広がり始めていた。

 夜。

 結彩と奏人は、街を歩いた。

 クリスマスの飾りが取り外され、
 まだ春には遠い冷たい空気が漂っている。

「……自由って、
 こんなに難しいんだね」

 結彩がぽつりと言った。

「うん」

 奏人も、遠くを見ながら答えた。

「でも──」

「難しいからこそ、
 守る意味があるんだと思う」

「簡単に管理されるより、
 痛くても、
 苦しくても──」

「俺は、自由でいたい」

 結彩は、笑った。

 涙ぐみながら、笑った。

「……わたしも」

 二人は、手を繋いだ。

 未完成な世界。
 揺れる社会。
 消えかける希望。

 でも、それでも、歩き続ける。

 未来を、誰にも奪わせないために。
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