6 / 38
生きている写真──卒業アルバムに増え続ける“笑顔”
しおりを挟む
卒業アルバムが届いたのは、梅雨入り前のじめじめとした午後だった。
高校生活の終わりが実感できないまま迎えた卒業式から、もう三ヶ月以上経っていた。進学組はとっくに地元を出て、それぞれの新生活に追われている。
私は予備校に通いながら、実家の部屋でほこりをかぶった制服を片付ける毎日だ。
そんなとき、郵便受けに分厚い段ボール。
差出人は高校の名だった。
「……来たんだ」
封を開けると、あの重たいアルバムが出てきた。
表紙は、淡い青に金文字。写真部の後輩が撮った校舎の遠景が、ぼんやりと印刷されている。
ページをめくると、懐かしい顔が次々と現れる。
クラス集合写真、部活動、文化祭のスナップ。笑顔、笑顔、また笑顔。
けれど──あるページを見て、私は手を止めた。
3年B組、クラスの個人写真。
私のいたクラス。
その中に、見覚えのない顔があった。
「……誰?」
一番下の右端。
黒髪で、前髪が重たく、真っ白な肌の少女。
表情は無表情に近いのに、口元だけが、微妙に笑っている。
名前の欄には、こう書かれていた。
神代 美鈴
──そんな名前の同級生、いなかった。
クラス名簿にも、卒業式の名呼びにも、そんな名前はなかった。
それどころか、私は生徒会書記だったから、全クラスの名簿に目を通していた。見落とすはずがない。
母にアルバムを見せた。
「この子、知らない? 私のクラスにいたことになってるんだけど」
母は首をかしげる。
「うーん、知らないけど……でも、ちゃんと写ってるわね? 他の子と同じ背景だし、合成じゃないみたい」
気になって、同じクラスだった友達に連絡を取った。
「神代美鈴っていたっけ?」
すぐに既読がついたが、返信が来るまでに時間がかかった。
ようやく返ってきたLINEには、こう書かれていた。
『え……誰それ? でも、なんかその名前……どこかで……』
次の週。
学校に行って、写真部の部室を訪ねた。顔見知りの後輩に頼んで、原版データを見せてもらうことにした。
「この写真、誰が撮ったか分かる?」
私は、神代美鈴の写るページを開いた。
後輩は少し眉をひそめてから答えた。
「この写真……たしか、撮った先輩、事故で亡くなったんですよ」
「……え?」
「卒業式の翌日。峠道で、バイク事故。単独で、壁に激突して。ヘルメットもしてたのに、首が……変な方向に折れてたって」
血の気が引いた。
「でも、そのときはまだアルバム編集してたはずだよね? この子の名前、どうやって……」
「知らないです。名簿の元データにはいませんでした。しかも、この子の写真だけ、EXIFデータに“記録日”がないんですよ。不自然に空欄なんです」
「……ありえない」
その日から、私は毎晩のように、アルバムを開いては神代美鈴の写真を見てしまうようになった。
何かが、引っかかっていた。
──“笑顔”だ。
最初に見たときは、かすかな笑みだった。
でも、数日後に見ると、少しだけ笑いが深くなっている。
気のせいかとも思った。でも、間違いなかった。
神代美鈴の“笑顔”が、日を追うごとに変わっていくのだ。
もっと、はっきりと、口角が上がり──やがて、歯が見え始めた。
その目だけは、絶対に笑っていなかった。
私の心の中に、ひとつの“仮説”が浮かび上がった。
──この写真、“生きている”。
神代美鈴は、写真の中で、徐々に“存在感”を増している。
その笑顔は、周囲の同級生たちとは明らかに違う。
笑いたくて笑っているのではない。
“ここに居る”ことを証明するように、じわじわと主張を強めている。
私は、ついに我慢できず、高校の教務室を訪れた。
当時の担任だった石川先生は、私の問いに、苦い表情を浮かべた。
「……神代美鈴、ね。うん、いたよ。少しだけだけど」
「……え?」
「入学式から夏前くらいまで在籍してた。あまり目立たない子だったけど、ある日突然、学校に来なくなって──転校届けもなく、親と連絡も取れずじまいでね。結局、“自然退学”という扱いになった」
「じゃあ、あの子は──」
「だけどな」
石川先生は、声を潜めた。
「あの子の家、もうないんだよ。調べてみたけど、地番すら存在してない。記録上、神代という姓も、数年前に絶えてる」
私は息を呑んだ。
「じゃあ、あの子は……誰?」
「分からない。分からないけど、写真に残ったってことは、まだ“ここ”にいるってことだろうな」
それから数日後。
卒業アルバムの写真が、ひとりでに開くようになった。
机の上に閉じて置いてあっても、朝起きると神代美鈴のページが開かれている。
しかも──そのたびに、写真の彼女の顔が“こちら”を見ていた。
真正面に。私の目を。
そして、あの無機質な“笑顔”で、微笑んでいた。
私はアルバムを押し入れに突っ込み、封筒に包んでダンボールの奥にしまい込んだ。
……それでも、夜。
枕元で、紙の擦れる音がする。
ぱた、とページがめくられる音。
ベッドの横で、誰かが座る気配。
耳元で、声がした。
「……まだ、わたし、写ってる?」
私は恐怖に震えながら、目を閉じて、朝が来るのを待った。
次の日。
机の上に、卒業アルバムが開かれていた。
神代美鈴のページには、もう“ひとり”いた。
──私だった。
私の写真が、いつの間にか追加されていたのだ。
クラスの中に、すでに写っている“私”とは別に。
その下に、もうひとつ。
髪の長さも、表情も、まるで違う。
まるで、笑わされたような“笑顔”だった。
名前欄には、こう書かれていた。
椎名 実紅(再掲)
そしてその隣、神代美鈴は、もう笑っていなかった。
今度は、何かを見下ろすような、憐れむような視線をしていた。
──あなたも、“写れた”のね。
その日から、私は写真に写るのをやめた。
スマホも、卒業アルバムも、何もかも。
けれど、彼女は、どこにでも現れる。
同級生たちが投稿した集合写真。
誰かのSNS。
見知らぬ街の証明写真機。
その片隅に、いつも、神代美鈴が写っている。
そして、その隣には──“誰か新しい笑顔”が、追加されている。
高校生活の終わりが実感できないまま迎えた卒業式から、もう三ヶ月以上経っていた。進学組はとっくに地元を出て、それぞれの新生活に追われている。
私は予備校に通いながら、実家の部屋でほこりをかぶった制服を片付ける毎日だ。
そんなとき、郵便受けに分厚い段ボール。
差出人は高校の名だった。
「……来たんだ」
封を開けると、あの重たいアルバムが出てきた。
表紙は、淡い青に金文字。写真部の後輩が撮った校舎の遠景が、ぼんやりと印刷されている。
ページをめくると、懐かしい顔が次々と現れる。
クラス集合写真、部活動、文化祭のスナップ。笑顔、笑顔、また笑顔。
けれど──あるページを見て、私は手を止めた。
3年B組、クラスの個人写真。
私のいたクラス。
その中に、見覚えのない顔があった。
「……誰?」
一番下の右端。
黒髪で、前髪が重たく、真っ白な肌の少女。
表情は無表情に近いのに、口元だけが、微妙に笑っている。
名前の欄には、こう書かれていた。
神代 美鈴
──そんな名前の同級生、いなかった。
クラス名簿にも、卒業式の名呼びにも、そんな名前はなかった。
それどころか、私は生徒会書記だったから、全クラスの名簿に目を通していた。見落とすはずがない。
母にアルバムを見せた。
「この子、知らない? 私のクラスにいたことになってるんだけど」
母は首をかしげる。
「うーん、知らないけど……でも、ちゃんと写ってるわね? 他の子と同じ背景だし、合成じゃないみたい」
気になって、同じクラスだった友達に連絡を取った。
「神代美鈴っていたっけ?」
すぐに既読がついたが、返信が来るまでに時間がかかった。
ようやく返ってきたLINEには、こう書かれていた。
『え……誰それ? でも、なんかその名前……どこかで……』
次の週。
学校に行って、写真部の部室を訪ねた。顔見知りの後輩に頼んで、原版データを見せてもらうことにした。
「この写真、誰が撮ったか分かる?」
私は、神代美鈴の写るページを開いた。
後輩は少し眉をひそめてから答えた。
「この写真……たしか、撮った先輩、事故で亡くなったんですよ」
「……え?」
「卒業式の翌日。峠道で、バイク事故。単独で、壁に激突して。ヘルメットもしてたのに、首が……変な方向に折れてたって」
血の気が引いた。
「でも、そのときはまだアルバム編集してたはずだよね? この子の名前、どうやって……」
「知らないです。名簿の元データにはいませんでした。しかも、この子の写真だけ、EXIFデータに“記録日”がないんですよ。不自然に空欄なんです」
「……ありえない」
その日から、私は毎晩のように、アルバムを開いては神代美鈴の写真を見てしまうようになった。
何かが、引っかかっていた。
──“笑顔”だ。
最初に見たときは、かすかな笑みだった。
でも、数日後に見ると、少しだけ笑いが深くなっている。
気のせいかとも思った。でも、間違いなかった。
神代美鈴の“笑顔”が、日を追うごとに変わっていくのだ。
もっと、はっきりと、口角が上がり──やがて、歯が見え始めた。
その目だけは、絶対に笑っていなかった。
私の心の中に、ひとつの“仮説”が浮かび上がった。
──この写真、“生きている”。
神代美鈴は、写真の中で、徐々に“存在感”を増している。
その笑顔は、周囲の同級生たちとは明らかに違う。
笑いたくて笑っているのではない。
“ここに居る”ことを証明するように、じわじわと主張を強めている。
私は、ついに我慢できず、高校の教務室を訪れた。
当時の担任だった石川先生は、私の問いに、苦い表情を浮かべた。
「……神代美鈴、ね。うん、いたよ。少しだけだけど」
「……え?」
「入学式から夏前くらいまで在籍してた。あまり目立たない子だったけど、ある日突然、学校に来なくなって──転校届けもなく、親と連絡も取れずじまいでね。結局、“自然退学”という扱いになった」
「じゃあ、あの子は──」
「だけどな」
石川先生は、声を潜めた。
「あの子の家、もうないんだよ。調べてみたけど、地番すら存在してない。記録上、神代という姓も、数年前に絶えてる」
私は息を呑んだ。
「じゃあ、あの子は……誰?」
「分からない。分からないけど、写真に残ったってことは、まだ“ここ”にいるってことだろうな」
それから数日後。
卒業アルバムの写真が、ひとりでに開くようになった。
机の上に閉じて置いてあっても、朝起きると神代美鈴のページが開かれている。
しかも──そのたびに、写真の彼女の顔が“こちら”を見ていた。
真正面に。私の目を。
そして、あの無機質な“笑顔”で、微笑んでいた。
私はアルバムを押し入れに突っ込み、封筒に包んでダンボールの奥にしまい込んだ。
……それでも、夜。
枕元で、紙の擦れる音がする。
ぱた、とページがめくられる音。
ベッドの横で、誰かが座る気配。
耳元で、声がした。
「……まだ、わたし、写ってる?」
私は恐怖に震えながら、目を閉じて、朝が来るのを待った。
次の日。
机の上に、卒業アルバムが開かれていた。
神代美鈴のページには、もう“ひとり”いた。
──私だった。
私の写真が、いつの間にか追加されていたのだ。
クラスの中に、すでに写っている“私”とは別に。
その下に、もうひとつ。
髪の長さも、表情も、まるで違う。
まるで、笑わされたような“笑顔”だった。
名前欄には、こう書かれていた。
椎名 実紅(再掲)
そしてその隣、神代美鈴は、もう笑っていなかった。
今度は、何かを見下ろすような、憐れむような視線をしていた。
──あなたも、“写れた”のね。
その日から、私は写真に写るのをやめた。
スマホも、卒業アルバムも、何もかも。
けれど、彼女は、どこにでも現れる。
同級生たちが投稿した集合写真。
誰かのSNS。
見知らぬ街の証明写真機。
その片隅に、いつも、神代美鈴が写っている。
そして、その隣には──“誰か新しい笑顔”が、追加されている。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる