『闇憑き語り ――五百夜、目を逸らしてはならぬ物語』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『目の奥の覗き穴』

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 視力に異常が出たのは、去年の秋だった。

 左目の視界の隅に、黒い点のような“影”が現れる。

 瞬きをしても消えず、目を閉じてもまだ、脳裏の内側で形を保っていた。

「飛蚊症か何かかと思ったんですけど、どうも違うんですよ」

 そう言って、僕は眼科を受診した。

 軽い視力検査のあと、CT検査に回された。

 その日、技師の表情が微かに変わったのを、今でも覚えている。

 パソコンのモニターを見たあと、すぐに画面を消した。

「何か、写ってましたか?」

 そう尋ねると、彼はしばらく沈黙してから、

「少し、影があるようですね」とだけ言った。

 家に帰ると、病院から画像データがメールで届いていた。

 好奇心から、自分で確認してみた。

 それが──最初だった。

 眼球の断面画像。
 眼底から視神経にかけてのCTスキャン。

 左目の中心、視神経の奥。

 そこに、“もうひとつの眼”があった。

 小さな丸。白目も瞳孔もはっきりとわかる、“逆向き”の眼球。

 まるで、僕の目の中から──誰かがこちらを覗いているように見えた。

 画像は、病院からのもので間違いない。

 日時も一致していた。
 加工の痕跡もなかった。

 気味が悪くなってすぐに削除したが、深夜になると、同じ画像が何度もスマホに“再生成”される。

 別の名前で、違う拡張子で、圧縮ファイルの中に、フォルダの奥に──

【look_back.jpg】
【see_you_inside.png】
【内視ノ穴.mp4】

 やがて、その“眼”と目が合うようになった。

 視界の端で。鏡の中で。写真の中で。

 自分の目を見ているはずなのに、“奥にいる別の誰か”がこっちを見返してくる。

 ある朝、歯を磨いていて気づいた。

 鏡の中で、左目の瞳孔が微かに揺れていた。

 左右が非対称。
 反応速度も違う。

 まるで、“内部にもうひとつの目”が、自分とは違う動きで調整しているように。

 職場でも異変は起きた。

 他人と目を合わせると、必ず視線を逸らされる。

「……なんか目、違くない?」

「ちょっと、見てる感じが変っていうか、覗かれてるみたいっていうか……」

 ある同僚がふざけてスマホで僕の写真を撮った。

 その写真を見た彼は、すぐに顔を青くして削除した。

「……ごめん、やっぱ、やばい。写っちゃってる」

「何が?」

「目の奥に、誰か立ってた」

 そう言い残し、彼はその後、休職した。

 僕の左目の影は、日を追うごとに濃くなっていった。

 視界の1/4を占めるようになったとき、再び眼科に行った。

 診察室に入るなり、担当医が言った。

「……これは、内部からの圧迫ですね。神経を誰かが“押している”感じがします」

「誰か、って……?」

 医師はそれ以上語らなかった。

 その日以降、僕の視界の“奥”に、常に人の形をした影が立つようになった。

 ただ立っているだけ。動かない。

 しかし、瞬きをすると、一歩ずつこちらに近づいてくる。

 目を閉じても、“その存在”だけは視覚に残り続ける。

 ある晩、テレビの画面に自分の姿が映った。

 録画した覚えのないニュース番組。

 その中で、通行人インタビューに答える自分がいた。

 だが、左目が異常だった。

 映像の中で、僕の左目が**「内側から突き出している」**のだ。

 球体の奥から、透明な膜を押し広げるように“何か”が顔を出していた。

【それ】が、カメラに向かって笑った。

 次の瞬間、テレビがショートし、煙を上げて画面が割れた。

 ある日、目覚めると左目が見えなくなっていた。

 だが、視界が増えていた。

 見えていないはずの場所が、脳内で“補完”されている。

 右目で見ている光景の中に、確実に**“もう一人の視点”が混ざっている**。

 洗面台の鏡に映る自分の顔が、少しずつ他人に近づいていく。

 皮膚の下から、“何か”が覗いている。

 自分の顔を、内側から着ようとしている。

 左目の中で──

【眼】が、開いた。

 それが見ていたのは、僕ではなかった。

 “それ”が僕を見つけたとき、こう囁いた。

【おまえは、そこにいるのか】

【では、そこを、もらう】

 次の日から、僕は片目の視界しか使わない。

 左目を閉じ、ガーゼを貼り、何も見ないようにしている。

 だが時々──
 そのガーゼの下が、湿っている。

 涙ではない。
 視神経液でもない。

 “外から”染みてくる何かが、目蓋の裏を濡らしている。

 最近、人の視線を感じる。

 目が合った人が、すぐに泣き出したり、遠ざかったりする。

 何が見えているのかは、聞かないようにしている。

 知れば──

 “僕の目”では、なくなる気がするから。

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