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『とじたままの葬式写真』
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祖父の葬式は、静かなものだった。
近所の人と親族だけが集まる、小さな斎場。
通夜から告別式まで、淡々と進んでいった。
祖父は九十二。
老衰。
眠るように、息を引き取った。
葬儀の最後、遺影の前で集合写真が撮られた。
喪服姿の家族たちが並び、遺影を囲んで静かにシャッターが切られた。
そのとき──カメラマンが、ぽつりと呟いた。
「……あまり見ないほうがいいと思います」
父が「どういう意味ですか」と聞いたが、カメラマンは首を振った。
「データは封筒に入れておきます。もし“気配”を感じたら、封を開けないでください」
そう言い残し、彼はその場をあとにした。
届いた写真は、白い封筒に入っていた。
表には日付と、「斎場名」「ご家族名」──そして、赤ペンで大きくこう書かれていた。
《この写真は確認を推奨しません》
それが何を意味するのか、誰もわからなかった。
しかし、好奇心に勝てなかったのは、僕だった。
通夜の数日後。
家族が出払った昼下がり。
僕はそっと、棚の中の封筒を取り出した。
封は未開封だった。
薄い糊を剥がし、中から写真を取り出す。
──ごく普通の、葬式の集合写真だった。
祖母、両親、叔父夫婦、いとこたち。
遺影の前で静かに並ぶ人々。みんな、無表情。
違和感はなかった。
……最初は。
だが、じっと見つめていると、ある異変に気づいた。
遺影の下、祖父の棺のあたり。
そこに、“手”が見えていた。
誰のものともつかない、細くて黒ずんだ手。
ちょうど、祖母の背後の空間から、半透明のような指先が覗いている。
はじめは、影だと思った。
だが──それは、明らかに“他の誰か”だった。
しかも、よく見ると、写真のあちこちに“指のようなもの”が写り込んでいた。
襟元、袖の隙間、足元、喪主の肩の後ろ。
誰にもつながっていない“手”が、まるでカメラに気づかれないように、そっと差し込まれていた。
気味が悪くなって、写真を封筒に戻した。
──その夜からだった。
鏡を見ると、何かが写り込むようになった。
最初は、髪の隙間。
次は、肩越し。
誰もいないはずの部屋の中。
僕の背後の壁に、“人の顔”が写っていた。
表情はなかった。
ただ、じっとこちらを見つめている。
それが一つ、二つと増えていく。
鏡を見るたびに、顔が集まっていく。
でも、写真には写っていなかった。
写っていなかったのに、なぜか“写真の外”からやってきている。
風呂場の鏡、テレビの反射、窓ガラス──
“光を返すものすべて”に、それらは現れ始めた。
まるで、自分の背後に立つ“誰かの顔”が“列をなして”待っているように。
そのうち、音がし始めた。
夜、床をこする音。
壁の内側で、誰かが爪を立てている音。
そして、耳元で囁く声。
【うつして……】
【あそこにいなかったのは……わたし】
【今度は、ちゃんと写して……】
封筒を確認した。
中の写真が増えていた。
最初は1枚しかなかったはずなのに、3枚に。
二枚目には、僕の寝ている姿が写っていた。
撮った覚えはない。
三枚目には──僕の背後にびっしりと“顔”が並んでいた。
それは、鏡で見たものと一致していた。
僕は、カメラマンの事務所を訪ねた。
だが、そこはすでに空きテナントになっており、契約者の名前も記録になかった。
帰り道、スマホのカメラを誤って起動した。
インカメラに写ったのは、僕の顔。
──と、その背後に立つ“何か”。
写真を見て以来、“僕の後ろには、誰かがいる”。
しかも、その数は増え続けている。
手だけだった存在が、顔を持ち始め、表情を持ち、視線を持った。
誰かが僕を見つめている。
写真に写らなかったものが、僕の鏡像に入り込んでくる。
最近では、鏡を見ると──
僕の表情が、鏡の中で遅れて動く。
もしくは、笑っているのに、自分では笑っていない。
ある夜、寝ていると、耳元でこう囁かれた。
【つぎの葬式では……あなたが真ん中】
近所の人と親族だけが集まる、小さな斎場。
通夜から告別式まで、淡々と進んでいった。
祖父は九十二。
老衰。
眠るように、息を引き取った。
葬儀の最後、遺影の前で集合写真が撮られた。
喪服姿の家族たちが並び、遺影を囲んで静かにシャッターが切られた。
そのとき──カメラマンが、ぽつりと呟いた。
「……あまり見ないほうがいいと思います」
父が「どういう意味ですか」と聞いたが、カメラマンは首を振った。
「データは封筒に入れておきます。もし“気配”を感じたら、封を開けないでください」
そう言い残し、彼はその場をあとにした。
届いた写真は、白い封筒に入っていた。
表には日付と、「斎場名」「ご家族名」──そして、赤ペンで大きくこう書かれていた。
《この写真は確認を推奨しません》
それが何を意味するのか、誰もわからなかった。
しかし、好奇心に勝てなかったのは、僕だった。
通夜の数日後。
家族が出払った昼下がり。
僕はそっと、棚の中の封筒を取り出した。
封は未開封だった。
薄い糊を剥がし、中から写真を取り出す。
──ごく普通の、葬式の集合写真だった。
祖母、両親、叔父夫婦、いとこたち。
遺影の前で静かに並ぶ人々。みんな、無表情。
違和感はなかった。
……最初は。
だが、じっと見つめていると、ある異変に気づいた。
遺影の下、祖父の棺のあたり。
そこに、“手”が見えていた。
誰のものともつかない、細くて黒ずんだ手。
ちょうど、祖母の背後の空間から、半透明のような指先が覗いている。
はじめは、影だと思った。
だが──それは、明らかに“他の誰か”だった。
しかも、よく見ると、写真のあちこちに“指のようなもの”が写り込んでいた。
襟元、袖の隙間、足元、喪主の肩の後ろ。
誰にもつながっていない“手”が、まるでカメラに気づかれないように、そっと差し込まれていた。
気味が悪くなって、写真を封筒に戻した。
──その夜からだった。
鏡を見ると、何かが写り込むようになった。
最初は、髪の隙間。
次は、肩越し。
誰もいないはずの部屋の中。
僕の背後の壁に、“人の顔”が写っていた。
表情はなかった。
ただ、じっとこちらを見つめている。
それが一つ、二つと増えていく。
鏡を見るたびに、顔が集まっていく。
でも、写真には写っていなかった。
写っていなかったのに、なぜか“写真の外”からやってきている。
風呂場の鏡、テレビの反射、窓ガラス──
“光を返すものすべて”に、それらは現れ始めた。
まるで、自分の背後に立つ“誰かの顔”が“列をなして”待っているように。
そのうち、音がし始めた。
夜、床をこする音。
壁の内側で、誰かが爪を立てている音。
そして、耳元で囁く声。
【うつして……】
【あそこにいなかったのは……わたし】
【今度は、ちゃんと写して……】
封筒を確認した。
中の写真が増えていた。
最初は1枚しかなかったはずなのに、3枚に。
二枚目には、僕の寝ている姿が写っていた。
撮った覚えはない。
三枚目には──僕の背後にびっしりと“顔”が並んでいた。
それは、鏡で見たものと一致していた。
僕は、カメラマンの事務所を訪ねた。
だが、そこはすでに空きテナントになっており、契約者の名前も記録になかった。
帰り道、スマホのカメラを誤って起動した。
インカメラに写ったのは、僕の顔。
──と、その背後に立つ“何か”。
写真を見て以来、“僕の後ろには、誰かがいる”。
しかも、その数は増え続けている。
手だけだった存在が、顔を持ち始め、表情を持ち、視線を持った。
誰かが僕を見つめている。
写真に写らなかったものが、僕の鏡像に入り込んでくる。
最近では、鏡を見ると──
僕の表情が、鏡の中で遅れて動く。
もしくは、笑っているのに、自分では笑っていない。
ある夜、寝ていると、耳元でこう囁かれた。
【つぎの葬式では……あなたが真ん中】
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