『闇憑き語り ――五百夜、目を逸らしてはならぬ物語』

本能寺から始める常陸之介寛浩

文字の大きさ
21 / 38

『うしろの棚にいる』

しおりを挟む
 その棚の裏には、誰もいないはずだった。

 市立図書館の最奥――古い文学全集や地方史料が並ぶ、人の少ない一角。
 そこにある「壁際の大棚」は、端から端まで背板で塞がれており、構造上、人が入れる隙間は存在しない。

 だが、“見た”という人がいた。

「本棚の隙間から、手が伸びてきて、本を引っ張っていったんです」
「白くて、細くて……子供の手でした」

 最初にその話をしたのは、児童書コーナーで働く女性スタッフだった。

 彼女は棚整理中、遠くから“何かが本を取っている”のを目撃した。

 しかもそれは、棚の背後から手を出していた。

 背後には壁しかないはずなのに。

 以来、返却ボックスに不審な本が戻り始める。

 ・貸出記録のない書籍
 ・消えたはずの古本
 ・館内には存在しないはずのタイトル

 そして何より──

 本の中に、“知らない人間の記録”が綴られ始めていた。

 該当する本を開くと、巻末やページの余白に、鉛筆で書かれた走り書き。

「7月12日、最初に見られた」
「8月5日、背中を触られた。左側」
「10月9日、あちらから声がした。“そっちは明るすぎる”と」
「読まれた瞬間に思考が曇った。“こちら”が考えていたようだ」

 記録は全て一人称で書かれているが、筆跡も文体もバラバラ。

 だが、ある時期から、全ての記録が“誰かを見ている”視点へと変化した。

【本棚の外側に、女の子がいた】
【こっちに気づかないふりをしていた】
【でも、呼吸でわかった。気配をつかんだ】
【次は男。髪が濡れていた。うしろを向かせる】

 ある職員が気づいた。

「これ、利用者の行動を“観察してる”んじゃ……?」

 そして、その記録と完全に一致する人物がいた。
 一ヶ月前から頻繁に通っていた、近隣の大学生。
 彼は、ある日を境に来館しなくなった。

 返却ボックスには、彼が最後に読んでいたとされる本と──

 **“彼の顔写真が挟まれたメモ”**が戻ってきた。

 そんなことがあった直後だった。

 僕は、その棚の整理を任された。

 新人アルバイトである僕に、最奥の区画が回ってきたのは偶然だった。

 埃っぽい文学全集。誰も読まない地方都市の歴史。

 整理しながら、ふと違和感に気づいた。

 棚の奥──ほんのわずかに、空間が“膨らんでいる”。

 隙間が、ある。

 懐中電灯を差し入れて覗いてみた。

 その瞬間──

 光が“吸い込まれた”。

 吸収されたのではない。
 “誰かが手で覆った”ような遮断。

 次の瞬間、棚の奥から“カチリ”とページをめくる音がした。

 覗き返すと、視界の端に“目”があった。

 黒い、光を持たない、何かの“眼球”。

 直後、本が一冊、足元に落ちてきた。

 拾うと、見覚えのない背表紙。

 タイトルは、なかった。
 代わりに、図書ラベルには手書きでこう記されていた。

『記録対象:×××(僕のフルネーム)』

 中を開くと、僕の行動記録が記されていた。

 ・○月×日 午後2時12分 入館、天井を見上げた
 ・午後2時15分 本を左から5冊分ずらした
 ・午後2時28分 棚の音に気づく、しかし無視した
 ・午後2時31分 “こちらに気づかれた”

 読み進めるごとに、胸が冷えていった。

 “誰か”が、ずっと僕を見ていた。
 そして、今も──背後からページをめくっている。

 その夜から、夢の中に本棚の裏側が出てくるようになった。

 狭く、暗く、湿っている。
 だけど、誰かの声がする。

【読んでくれてありがとう】
【きみのこと、書ききれるまで返さないから】

 朝起きると、手のひらに墨のような汚れがあった。

 拭っても落ちない。

 指先には、小さなインクの滲みが染みついている。

 今日も、本棚の奥から“誰か”が僕の名前を呼ぶ。

 そして、僕の記録を“続きを書かせよう”と待っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

奇談

hyui
ホラー
真相はわからないけれど、よく考えると怖い話…。 そんな話を、体験談も含めて気ままに投稿するホラー短編集。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

処理中です...