『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第8章 推しの向こうにいるあなたへ──VTuber沼と恋と、妹の覚悟

第68話『推しへの嫉妬、はじめました』

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 兄の部屋は、いつのまにか“星乃こころ”一色になっていた。

 ポスター、クリアファイル、アクリルスタンド、タペストリー──
 棚の上には限定ぬいぐるみ、壁にはデビュー記念の直筆サイン色紙。
 机の上には「推し活ノート」まで置かれていて、日々の配信ログや名言が細かく記されていた。

「こころ様の『君は君のままで素敵だよ♡』、これは神回だった……」
 利家はつぶやきながら、うっとりとページをめくっている。

 英梨は、ドアの隙間からその光景を見て、黙っていた。
 静かに、唇を噛みしめていた。

(……どうしよう。居心地、悪い)

 兄の部屋なのに。
 兄がいるのに。
 自分の“居場所”が、どんどん狭くなっていく気がした。

 夕飯中、いつものように家族の会話が始まる──と思いきや、話題はまたしても“こころ様”。

「こないだのASMR配信、マジでやばかったんだよ。
 鼓膜溶けるかと思った。まじ尊死」

「……そっか」

 英梨の返事は、短い。

「なんかさ、もう“人間”ってより“概念”だよね。
 こころ様って、“理想”なんだよ」

「……理想、ね」

(だったら……私は、“現実”なんだ)

 “理想”に勝てるわけがない。

 画面越しでは絶対怒らない。
 間違ってもため息なんかつかない。
 体調も、機嫌も、バーチャルで完璧に整ってる。
 その上、声が可愛くて、服が可愛くて、コメントにも全部優しく返す。

 英梨はそっと自分の腕を見た。

 小さな虫刺されの跡。
 剥がれかけの絆創膏。
 体育で転んで擦りむいた膝。

「……ぜんぶ、生身だ」

 自分の部屋に戻ると、なんだか泣きたくなった。

(わたし、バーチャルの女の子に……負けてるの……?)

 初めて、はっきりと“敗北感”というものを味わった。

「生身でいることが、こんなにも……苦しいなんて」

 ベッドに倒れ込み、スマホを握ったまま、
 英梨はまた“星乃こころ”の配信を開いてしまった。

 ──『お疲れさま。今日も、ちゃんとがんばったあなたは、偉いよ♡』

 画面の向こうで、微笑む“こころ様”。

「そんなの……そんなの、ずるいじゃん……」

 泣きながら笑ってるような自分が、いちばんイヤだった。

 翌日。

 英梨は屋上で、陽葵とあすかに相談した。

「ねぇ、もしさ……好きな人が、二次元とかバーチャルにしか興味なかったら、どうする?」

「え、それってガチで利家先輩の話?」(陽葵)

「ぶっちゃけすぎ!」(あすか)

 英梨はうつむいて、スカートの裾を握った。

「……あたし、生身であることに、こんなに自信なくなるの初めて」

 陽葵はしばらく黙ってから、ぽん、と英梨の頭に手を置いた。

「でもさ、画面の向こうの推しには──汗かいて走ったり、涙こらえて笑ったり、
 そういう“リアルな瞬間”は、できないんじゃない?」

「……え?」

「英梨ちゃんがさ、お兄ちゃんに“ちゃんと好き”って伝えようとしてること。
 それって、画面じゃできない青春だと思うよ」

「……陽葵」

「ま、あたしの勝ちフラグでもあるけどね♡」
 いつものように、陽葵はウィンクして笑った。

 英梨は、ふっと笑って──でも、目の奥はまだ熱かった。

(それでも、今はまだ……わたし、“こころ様”に嫉妬してる)

(負けたくない。あんな、完璧すぎる、虚像に)

 その夜。

 兄の部屋から、また配信の音が漏れてくる。

「好きって言葉、軽く言っちゃいけないよね。でも……言いたくなるの、君には♡」

 利家の小さな笑い声。

「こころ様、まじ罪深い……」

 英梨は部屋に戻り、タブレットの電源を入れた。

 そして、まだ中途のままだった自分のアバターを見つめる。

「……わたしも、“好き”って、ちゃんと伝えたい」

(だけど、“こころ様”と戦うためだけにVTuberになるのは……違う)

(だから、わたし自身の想いで、届けたい)

 英梨は目を閉じた。

(わたしは、リアルで、ちゃんと恋をする)

 その言葉を、自分自身に宣言するように。

 ──つづく。
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