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④⑧話 千宗易との出会い
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帰蝶様が引っ越しをすると、なぜか心にすっぽりと穴の開いたような寂しさが胸を締めつけた。
まるで春の終わりに咲き残った一輪の桜が、風に吹かれて舞い散ってしまったような――そんな感覚だった。
「母上様、姉上様がまったく遊んでくれません」
ふと、廊下の向こうからお初の嘆く声が聞こえた。
歩き始めたお江がお初の遊び相手になることもあったが、お初はそれでは満足できず、私と遊びたいようだった。
私は上の空でいることが多く、あまり相手をしてやれていない。
「茶々、大丈夫ですか? どこか具合でも?」
母上様の優しい声に、私ははっと我に返った。
「茶……もっと飲みたかったな……」
思わず口にした呟きに、母上様はわずかに目を見開いた。
自分でも意外だった。
私が思い出していたのは、帰蝶様が点ててくれた、あのほろ苦い茶の味だった。
その味が、今も唇の端に残っている気がした。
母上様は黙って私を見つめた後、そっと微笑んだ。
翌日、屋敷に一人の茶人が訪れた。
「この方は千宗易と申される」
母上様がそう紹介すると、客人は静かに頭を下げた。
やせぎすの体つきに、落ち着いた身のこなし。
歳はすでに五十を超えているだろうが、どこか若々しく、目の奥には何かを見透かしているような光があった。
「初めまして、茶々様。今日はお茶を楽しんでいただこうと思い参りました」
穏やかな声だった。低く、けれど柔らかく響くその声に、私は不思議と心を預けてしまいそうになる。
私は興味をそそられ、じっと彼の顔を見つめた。
「茶を楽しむ?」
「ええ。お茶というのは、ただ飲むだけのものではございません。心を落ち着かせ、静けさを味わうものでございます」
彼の言葉に、私は首をかしげた。
「静けさを味わう? それで楽しむの?」
「はい。茶々様、もしよろしければ、一服差し上げましょう」
そう言うと、宗易は手早く道具を用意し始めた。
青磁の水指、鉄釜、そしてわずかに欠けた茶碗。
そのすべてが何とも言えない調和を持っているように見えた。
やがて、釜の湯が静かに湧き始める。
ぱちぱちと薪の燃える音が心地よく響いた。
宗易の所作は一つひとつが無駄なく、美しかった。
茶杓を手に取り、そっと茶をすくう。
その動きにはまるで風が草を撫でるような自然さがあった。
やがて、抹茶の香りが広がる。
「どうぞ」
差し出された茶碗を手に取ると、ほのかに温かかった。
私はそっと口をつける。
苦みの中に、わずかな甘みを感じた。
「……」
言葉が出てこなかった。
確かに帰蝶様が点てた茶と同じような味なのに、何かが違う。
それは茶そのものの味ではなく――
「静けさを感じられましたか?」
宗易が穏やかに尋ねた。
私は小さく頷く。
「……少し」
彼は優しく微笑んだ。
「それで十分でございます。お茶とは、ただ味わうだけではなく、その時の空気や心のありようを映すものなのです」
私はその言葉を胸の中で繰り返した。
「また、飲める?」
宗易は微笑み、母上様を見た。
母上様もまた、優しく頷く。
「もちろん、茶々。またこの方に、お茶を点てていただきましょうね」
その日、初めて千宗易と出会ったことで、私の心にまた違う何かが芽生え始めたのを感じた。
それが何なのかは、まだわからなかったけれど――。
まるで春の終わりに咲き残った一輪の桜が、風に吹かれて舞い散ってしまったような――そんな感覚だった。
「母上様、姉上様がまったく遊んでくれません」
ふと、廊下の向こうからお初の嘆く声が聞こえた。
歩き始めたお江がお初の遊び相手になることもあったが、お初はそれでは満足できず、私と遊びたいようだった。
私は上の空でいることが多く、あまり相手をしてやれていない。
「茶々、大丈夫ですか? どこか具合でも?」
母上様の優しい声に、私ははっと我に返った。
「茶……もっと飲みたかったな……」
思わず口にした呟きに、母上様はわずかに目を見開いた。
自分でも意外だった。
私が思い出していたのは、帰蝶様が点ててくれた、あのほろ苦い茶の味だった。
その味が、今も唇の端に残っている気がした。
母上様は黙って私を見つめた後、そっと微笑んだ。
翌日、屋敷に一人の茶人が訪れた。
「この方は千宗易と申される」
母上様がそう紹介すると、客人は静かに頭を下げた。
やせぎすの体つきに、落ち着いた身のこなし。
歳はすでに五十を超えているだろうが、どこか若々しく、目の奥には何かを見透かしているような光があった。
「初めまして、茶々様。今日はお茶を楽しんでいただこうと思い参りました」
穏やかな声だった。低く、けれど柔らかく響くその声に、私は不思議と心を預けてしまいそうになる。
私は興味をそそられ、じっと彼の顔を見つめた。
「茶を楽しむ?」
「ええ。お茶というのは、ただ飲むだけのものではございません。心を落ち着かせ、静けさを味わうものでございます」
彼の言葉に、私は首をかしげた。
「静けさを味わう? それで楽しむの?」
「はい。茶々様、もしよろしければ、一服差し上げましょう」
そう言うと、宗易は手早く道具を用意し始めた。
青磁の水指、鉄釜、そしてわずかに欠けた茶碗。
そのすべてが何とも言えない調和を持っているように見えた。
やがて、釜の湯が静かに湧き始める。
ぱちぱちと薪の燃える音が心地よく響いた。
宗易の所作は一つひとつが無駄なく、美しかった。
茶杓を手に取り、そっと茶をすくう。
その動きにはまるで風が草を撫でるような自然さがあった。
やがて、抹茶の香りが広がる。
「どうぞ」
差し出された茶碗を手に取ると、ほのかに温かかった。
私はそっと口をつける。
苦みの中に、わずかな甘みを感じた。
「……」
言葉が出てこなかった。
確かに帰蝶様が点てた茶と同じような味なのに、何かが違う。
それは茶そのものの味ではなく――
「静けさを感じられましたか?」
宗易が穏やかに尋ねた。
私は小さく頷く。
「……少し」
彼は優しく微笑んだ。
「それで十分でございます。お茶とは、ただ味わうだけではなく、その時の空気や心のありようを映すものなのです」
私はその言葉を胸の中で繰り返した。
「また、飲める?」
宗易は微笑み、母上様を見た。
母上様もまた、優しく頷く。
「もちろん、茶々。またこの方に、お茶を点てていただきましょうね」
その日、初めて千宗易と出会ったことで、私の心にまた違う何かが芽生え始めたのを感じた。
それが何なのかは、まだわからなかったけれど――。
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