織田信長の姪ーprincess cha-chaー悪役令嬢?炎の呪縛と復讐の姫 

本能寺から始める常陸之介寛浩

文字の大きさ
52 / 70

⑤⓪話 南蛮の品との出会い

しおりを挟む


岐阜城下の商人街は、織田信長の威光のもとに日々の活気を増していた。

長良川のせせらぎが遠くから響き、通りには商人や旅人が行き交い、鍛冶屋の槌音や馬の蹄の音が絶え間なく鳴り響いている。雑多な人々の熱気と活気が入り混じる街並みの一角に、千宗易の茶店があった。

その岐阜の屋敷で、私は千宗易から茶の湯の手ほどきを受けていた。

茶室に流れる静寂と湯の沸く音が、慌ただしい日々の中でひとときの安らぎを与えてくれた。

そんな時間の合間、彼はふいに言った。

「店の用がある。一緒に見に行きますか?」

私は茶の香りに包まれながら、興味をそそられ「はい」と答えた。

茶室と店を分ける庭を歩き、暖簾をくぐると、そこには茶釜や茶碗が整然と並び、奥には異国の布や器が積み上げられていた。

店の者たちは、私に気づくと丁寧に頭を下げ、商人らしい穏やかな笑みを浮かべて迎え入れてくれる。

「姫様、ようおいでくださいました」

千宗易は奥へと用を済ませに向かい、残された私は店の者と共に茶を飲みながら、茶道具の話をして時を過ごした。

しばらくして彼が戻ると、思いもよらぬ提案を口にした。

「せっかくおいでいただいたのですから、店の蔵を少しお見せしましょうか。南蛮の品がございます」

その言葉に私は一瞬、言葉を失った。

南蛮の品——それは私にとって、遠い世界の産物だった。硝煙と血の臭いに慣れた私にとって、異国の美しさや珍しさなど、これまでの人生で触れる機会はほとんどなかった。

小谷城が落ち、家族を失い、伯父・織田信長の庇護のもとで暮らす今の私は、ただの少女に過ぎない。

だが、千宗易の目が「良い機会じゃ」と語っているように見えて、私は小さく頷いた。

蔵の扉が軋みをあげて開かれると、埃の混じった空気の中に、異国の香辛料や木の匂いが鼻をついた。

薄暗い蔵の中へ足を踏み入れると、光が斜めに差し込み、積み上げられた品々がまるで別世界のように輝いていた。

木の梁が支える高い天井。壁沿いには棚が並び、その上に置かれた品々が色とりどりの光を放っている。

千宗易は私を蔵の中央に案内し、やわらかな声で言った。

「南蛮の品でございます。もし何か気に入ったものがあれば、どうぞ」

思いもよらぬ言葉に、私は軽く目を見開いた。

「どれも綺麗なのじゃ。欲しいが……高いのであろう?」

私の声には、遠慮と少しの警戒が混じっていた。南蛮渡来の品は珍重され、高価であることくらいは、幼いながらも理解している。

小谷城を失い、戦乱の中を生き延びた私は、人の思惑や物の価値に敏感だった。

千宗易は、そんな私の気配を読み取ったように、穏やかに微笑んだ。

「お近づきの印に、好きな物を差し上げたく存じます」

贈り物——それは、ただでくれるという意味だろうか。

私は少し意地悪な気持ちで探るように言った。

「私みたいな幼子に媚びへつらっても、なにも出ませぬよ?」

私が『茶々』という名の姫であることは、もちろん自覚している。

だが、それがなんになる? 戦で全てを失った今、私はただの少女にすぎない。

千宗易は慌てたように手を振った。

「媚びへつらいなどとんでもない。ただ、お美しい姫に一品、と思った次第で」

その言葉に私は彼の顔をじっと見つめた。

そこには、商人の打算的な笑みではなく、まるで孫を見守る祖父のような優しさがあった。

その瞬間、私は少しだけ心を緩めた。

「そうか……」

と呟くと、千宗易は安心したように微笑んで、蔵の中を自由に見て回るよう促した。

私はゆっくりと歩き始めた。足元の板が軋み、その音が静かな蔵の空気に響く。

彼の視線を背中に感じながら、目の前に広がる異国の品々に意識を集中させた。

まず目に飛び込んできたのは、鮮やかな色の反物だった。赤や青、金色の糸で織られた布地は、光を浴びると絹のように輝いた。

私はその一枚を手に取り、指先でそっと撫でてみた。

滑らかな手触りが心地よく、まるで水面に触れるような艶やかさだった。

次に目を奪われたのは、異国の髪飾り。

貝殻やガラスで作られたそれは、触れるとひんやりと冷たく、精巧な細工が施されていた。

私は小さなガラス玉が連なった髪飾りを手に取り、千宗易に尋ねた。

「これは何じゃ?」

彼はやさしく答えた。

「それは南蛮のガラス玉で作られた髪飾りでございます。陽の光に透かすと、色が七色に輝きます」

その言葉に私は窓から差し込む光にかざしてみた。

確かに、赤、青、緑が混ざり合い、蔵の壁に小さな虹のような光を投げかけた。

思わず、私は小さく声を漏らした。

「おお……」

それは夢のように美しい光景だった。

戦火の中で育った私にとって、この蔵で見たものは、まるで現実とは思えぬ別世界だった。

私はしばらくその光を見つめていた。

まるで異国の妖精が舞い降りたかのように、七色の光が指の隙間をすり抜け、私の心の奥に染み込んでいくようだった。

ふと我に返ると、千宗易が柔らかな声で尋ねた。

「それを気に入られましたか?」

私は小さく頷いた。

「綺麗……じゃ。まるで――おとぎ話の中にある宝石のよう……」

言葉にした瞬間、我ながら幼い台詞だと思ったが、彼は優しい笑みを崩さなかった。

「姫様にこそふさわしい品でございます。どうぞ、お持ち帰りください」

「えっ……よいのか?」

思わず聞き返す私に、彼は深く頷いた。

「南蛮の風は時に、心の傷を癒してくれます。姫様がそれを美しいと思われたのなら、それだけで価値があるのです」

私は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

幼いながらも、幾度となく命の危機に晒され、守られるよりも自分で強くあることを求められてきた日々――。

だが、この蔵の中で出会った美しき髪飾りは、そんな私にほんの一瞬、少女であることを思い出させてくれた。

「……ありがとう。大切にする」

小さな声でそう言うと、千宗易は満足げに目を細めた。

「姫様がそう仰ってくださるなら、何よりの喜びです」

その後、私は蔵の中をさらに歩き回り、いくつかの南蛮の器や書物にも目を通した。

重厚な革表紙の本には、見慣れぬ文字が並んでおり、どれも異国の風を感じさせるものだった。

「これは……何が書いてあるのじゃ?」

「ポルトガル語で書かれた祈祷書でございます。主に南蛮人の神父が持ち込んだもので、聖書の一部です」

「しぇいしょ……?」

「異国の神の教えが書かれた本でございます」

私は興味深そうにページをめくったが、当然ながら意味はまったくわからなかった。

ただ、文字の形状や装飾がどこか芸術品のようで、それだけでしばし見とれてしまった。

気づけば、蔵の中での時間がずいぶんと経っていた。

千宗易は私の横で静かに佇み、時折言葉を添えるだけで、私の探訪を妨げなかった。

外に出ると、午後の陽光が庭先に優しく降り注いでいた。

私はふと、手にした髪飾りをもう一度光にかざす。

七色の光がまた私の頬を照らし、心の中で何かが解けるような感覚を覚えた。

千宗易がそっと言った。

「姫様。南蛮の品とは、ただの贅沢ではございません。それは世界の広さと、未知の美しさを我々に教えてくれるもの。……そして時に、それは心を慰め、希望を与えるのです」

私は彼の言葉に、ただ静かに頷いた。

この日、私は一つの髪飾りと、そしてもう一つ――失われかけた“夢を見る心”という贈り物を、受け取ったのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

元亀戦記 江北の虎

西村重紀
歴史・時代
浅井長政の一代記です

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

処理中です...