織田信長の姪ーprincess cha-chaー悪役令嬢?炎の呪縛と復讐の姫 

本能寺から始める常陸之介寛浩

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⑥⑥話 正月の岐阜城下

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 雪が岐阜城下にうっすらと積もり、冷たい風が屋敷の庭を静かに抜けていく。

 私は、岐阜城のすぐそばにある屋敷の縁側に立ち、じっと庭を見下ろしていた。

 裸の桃の木の枝にわずかに積もった雪が、冬の微かな陽光を受けて淡く輝き、まるで白い宝石のようにきらめいている。

 地面はすっかり凍てつき、草の上には霜が降り、吐く息さえ白く立ち上る。

 庭の向こう、雪に包まれた岐阜城は静かにそびえ、その姿はどこか夢の中の景色のようであった。

 冬の朝の澄んだ静けさの中、遠くを流れる長良川の音が、かすかに耳に届く。

 私は藍色の着物を纏い、肩にかかる長い髪が風にそよぐのを感じながら、その景色に身を委ねていた。

 ――一五七六年の正月。

 新しい年の幕開けとともに、岐阜城下にも静かな時間が訪れている。

 今、私は母上様、お初、お江と共に、この屋敷で慎ましく暮らしていた。

 座敷では、母上様が囲炉裏のそばに座り、小さな餅を静かに焼いておられた。

 香ばしく焼ける餅の甘い香りが部屋いっぱいに広がり、厳しい寒さを和らげてくれる。

 お初とお江は畳の上に正座し、小さな竹の籠を手に遊びに興じていた。

 幼い二人の笑い声が、寒さの残る屋敷に柔らかな温もりを運んでくれる。

 私は再び庭に目を向け、そっと目を閉じた。

 伯父――織田信長様が近江へと出陣して以来、岐阜の空気はどこか静まり返っていた。

 戦の気配は遠のき、人々は新しい時代への期待と、そして一抹の不安を抱いている。

 それでも、この屋敷の中には、変わらぬ穏やかな日々が静かに流れていた。

「茶々、餅が焼けましたよ」

 母上様の優しい声が背後から聞こえ、私は縁側を離れて座敷へと戻った。

 囲炉裏のそばに腰を下ろすと、お初とお江が嬉しそうに私の両脇に寄ってくる。

 母上様が、ほどよく焼き上がった餅を小さな皿に載せて私たちに差し出してくださった。

「新しい年ですね。こうして岐阜で静かに過ごせるなんて、夢のようです」

 母上様の静かな言葉に、私はそっと頷いた。

 囲炉裏の火が小さく揺れ、温かな空気が部屋を満たしていく。

 お初が餅を一口かじり、「姉上様、ふわふわです」と笑顔を見せた。

 お江も楽しそうに頷きながら、「お正月って楽しいね」と言った。

「そうね、お江」

 私は微笑みながら、二人の頭を優しく撫でた。

 この小さな幸せが、どうか長く続いてくれますように――そんな願いが胸をよぎる。

 正月の朝、母上様と共に庭へ出ると、お初とお江が小さな羽子板を手に駆け寄ってきた。

「姉上様、羽子板しよう!」

 お初の明るい声に、私は思わず笑みを浮かべて頷いた。

 雪の上を軽く踏み固めながら、羽子板を手に構える。

 お江も「わたしも混ぜて!」と無邪気に叫び、三人で羽根を打ち合った。

 羽根は空をふわりと舞い、時に風に揺られ、白銀の庭に舞い降りる。

「姉上様、うまい!」

 お初が目を輝かせて言えば、

「もう一回やろ!」

 とお江が元気に跳ねた。

 私も笑いながら羽根を打ち返し、庭には笑い声がこだました。

 縁側に立つ母上様が静かに見守りながら微笑み、

「三人とも、まるで春を先取りしているようですね」

 と優しくおっしゃる。

「母上様も、ご一緒にいかがですか?」

 そう声をかけると、母上様はそっと首を振られた。

「こうして見ているだけで、十分嬉しいのです」

 その言葉に、私は再び笑みを浮かべて羽根を打ち返した。

 やがて昼になり、陽光が少し強まり始めると、庭の雪が光を受けてきらきらと輝いた。

 私はお初とお江を連れ、屋敷の外へと出る。

 岐阜城のそばの道を三人で歩きながら、町の正月の様子を眺めた。

 家々の軒先には松飾りが下がり、雪の中で子供たちが楽しそうに遊んでいる。

 人々の笑い声が町に響き、新年の希望を告げていた。

 私はお初の小さな手を握り、お江が私の着物の裾をしっかりと掴んで歩いていた。

「岐阜のお正月は、やっぱり穏やかですね」

 お初がぽつりと呟き、私は静かに頷いた。

「本当に、そうね」

 屋敷に戻ると、母上様が囲炉裏のそばで湯を温めてくださっていた。

「お初、お江、手が冷えているでしょう。こちらへ」

 私が促すと、母上様が小さな湯飲みを手渡してくださる。

「茶々、町はどうでしたか?」

 母上様の問いに、私はそっと答えた。

「はい、母上様。雪が降っても、人々は明るく過ごしておられました」

 湯の立ちのぼる湯気がやさしく座敷を包み、心までほぐれていくようだった。

「兄上様が近江にいらしても、こうして岐阜が穏やかであるのは、ありがたいことですね」

 母上様の言葉に、私は一瞬の沈黙の後、

「はい。……少し寂しい気持ちもございますが」

 と正直な思いを口にした。

 伯父の不在が、どこか屋敷の風景に影を落としている気もするけれど――それでも、今ここにあるこの穏やかな時を、大切にしたい。

 正月から数日が過ぎ、再び雪が降り積もった朝。

 庭にはお初とお江の笑い声が響いていた。

「茶々、新しい年が始まりましたね」

 母上様が静かに言い、私は降り積もる白雪を見つめながら、そっと微笑んだ。

「はい、母上様」

 伯父が遠くにおられても、私たちはここで、新しい年を迎え、穏やかに暮らしていく。

 その想いが、胸の奥にあたたかく、そして確かに響いていた。
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