『下血により死んだライトノベル作家・常陸之介寛浩は転生するとフンコロガシになっていた件』》

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第1章『うんちと再誕』

第3話『聖なるうんちの村』

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 フンを転がしてどれくらいの時間が経っただろう。
 五時間? 十時間?──いや、正直わからない。

 時計もないし、太陽はやたらまぶしくて、地平線が広すぎて、虫の視点だと方向感覚もめちゃくちゃになる。

 それでもヒロヒロは、**まるくて温かい宝物(=うんち)**を転がし続けていた。
 なぜなら、止まる理由がなかった。
 そして、転がしていると“心が落ち着く”のだ。

「……すげぇな……これ、マインドフルネスってやつ?」

 ふとした瞬間に、現代的な語彙が混じるのは、ラノベ作家時代の癖である。
 だがこのとき、彼はまだ知らなかった。

 ──この“うんちの玉”こそが、この世界での名刺であり、通貨であり、住処であり、時に料理になることを。

「……あれ……なんか……にぎやか?」

 風に乗って、甘ったるい臭気と賑やかな声が届いてきた。
 いや、“声”ではない。虫には声帯がない。
 でも確かに“音”がある。リズムと気配と、足音と、翅音(しおん)。
 それらが交わると、まるで村祭りのような賑やかさが、地平の先にあった。

「もしかして、村……?」

 期待半分、不安半分で近づくヒロヒロの視界に、ついにそれは現れた。

 《聖糞村(せいふんそん)》──ようこそ、糞の恵みの地へ!

 苔むした看板が、堂々と掲げられていた。
 その足元では、甲虫たちが玉のようなうんちを転がして往来している。
 ある者は歌いながら、ある者は市場へ、ある者は自宅の便所へと。

「……うわ、ほんとに“フン社会”だ……!」

 まるで江戸時代の商店街。
 それがすべて、“うんち”を中心に回っているような世界。

「いらっしゃい! 今日の《三日熟成モモンガブレンド》、一玉百粒だよ!」

「こっちは《ヤギのフレッシュ搾りたて》だぞー! 生きてる香り、噛めば噛むほど繊維感!」

「ちょっと奥さん、今日のフン、形いいわねぇ!」

 ──どうやら、フンが日常的に売買されているらしい。
 しかも選別され、品種も豊富。
 見た目もツヤも、匂いも、触感も、すべてが“商品価値”として扱われている。

「……マジかよ……完全に、文化じゃん」

 そこへ──ひときわ目立つ甲虫が現れた。

 背には紫と白の縞模様。
 背中には“調理器具”らしきものが括りつけられていて、まるで屋台の親父のようだった。

「おや、見ない顔だな? 初見(うぶ)かい?」

「ひ、ヒロヒロっていいます! あの、実は転生してきたラノベ作家で……じゃなかった、フン初心者で……」

「あっはっは、転生者か! そりゃまた濃いネタを抱えてんな!」

 その男──**クチャオ屋の店主“ダンごろう”**は、豪快に笑った。

「見たとこ、いい形のフン転がしてるじゃねぇか。素材、なんだい?」

「え? えっと……拾ったやつで……たぶん……ウサギ……?」

「おぉ、ウサギ系か! 粒子が細かくて扱いやすいよな!」

「いや、わかんないです!」

「ハハッ、いいね! じゃあ一発、これ喰っていけ!」

 そう言って彼は、背中の鍋から何かを取り出した。

 ──湯気が、出ていた。

「ま、まさか、それ……!」

「そう、《ヤギうんちのトマト煮》だ! さぁ、熱いうちに!」

 目の前に差し出されたのは、黒くてごつごつした球体をトマト風ソースで絡めたものだった。
 フォークも箸もない。
 虫は、脚で食べる。

「うわ……うわあああ……!」

「遠慮はいらねぇ! うちは“聖糞村の味”で百年もやってる!」

「いや、そういう問題じゃなくて!! うんちだぞ!? これ、うんちだよな!?」

「違ぇよ。うんち“料理”だ!」

 ヒロヒロは──泣いた。

「もうだめだ……俺、人間戻れない気がする……」

 だが。

 ひと舐めして、彼は──泣き直した。

「……おいしい……!? うんちなのに……香ばしくて、ほのかに甘い……!」

「でしょ? 熟成うんちは、風味が深いんだ」

「味、あるんだ……!? こんなにも……“命の味”……!」

 周囲の虫たちが笑った。
「またひとり、フンに目覚めたな」
「転生者あるあるねー」

 その笑い声は、温かかった。
 ヒロヒロは、フン界に受け入れられたのを、はっきりと感じた。

 ──ここでは、うんちは恥じゃない。
 命の名残。命の証。命の贈り物。
 それを“料理”としていただくことは、最高のリスペクトだった。

「俺、フン界、好きかもしれない……!」

 その日、ヒロヒロは初めて“誰かの命を味わった”。

 それは、ラノベの行間を読むように。
 それは、誰かの人生を一口ずつ嚙みしめるように。

 うんちは、やっぱり──命だった。

 日が暮れるころ。
 ヒロヒロは村の端に座り、空を見上げていた。
 丸いフンを背中に抱きながら、静かに思う。

「この世界……思ったより、悪くないかもな」

 虫の世界の空は、やわらかく染まっていた。
 風が土の匂いを運び、木々がざわめき、あちこちで“虫たちの夕飯”がはじまっていた。

 その夜、ヒロヒロはフンの横で眠った。

 世界は静かだった。

 でも確かに、転がっていた。

 命と共に。

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