『下血により死んだライトノベル作家・常陸之介寛浩は転生するとフンコロガシになっていた件』》

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第1章『うんちと再誕』

第5話『ころりんと出会った日』

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 その日、ヒロヒロは三回転んだ。

 一回目は、うんちに脚を滑らせた。
 二回目は、ころんだ自分の姿を見て通りすがりのハエに笑われて、精神的に転んだ。
 そして三回目は──あの子の笑顔にやられた。

「大丈夫?」

 その声は、まるで乾いた土に差し込む日差しのようだった。

 

 ◆

 

 そこは、村の中央にある“転がし広場”。
 様々な虫たちがフンを転がし、見せ合い、競い合い、笑い合う場。
 老虫が孫虫に「この艶がなァ~」と語り、若虫が勢いよく転がしては側溝に落とし、店主たちは「今朝入ったばかりのホヤホヤよ!」と叫ぶ。
 そんな活気ある中──ヒロヒロは、ふたたび転がす感覚を取り戻すために、早朝から一人練習していた。

「よーし、いける……この角度……この呼吸……!」

 ぐぐ、と腰(腹?)に力を込め、球の下に脚を差し入れ──

 つるんっ

「あっっっばかっ!? うわぁぁあああああッ!」

 ごろんごろんと回転し、止まったときには仰向け。
 六本の脚が空を切り、目の前には、さっきまで転がしていたはずの“モモンガ・ブレンド球”が転がっている。

「うぅ……やっぱ俺、センスないのかも……」

 落ち込んだ声で呟いた、そのときだった。

 

「大丈夫?」

 

 視界の中に、真っ赤な色が飛び込んできた。
 いや、赤と黒。
 その背には七つの黒い斑点。
 鮮やかで、均整の取れたその模様は、まるで宝石のようだった。

「えっと……その……立ち上がれる?」

「う、うん……えーっと、えーっと……君は……?」

「《ころりん》っていうの。転がし見習いだよっ!」

 そう言って彼女は、にこっと笑った。
 目が、笑っていた。
 口がなくても、虫なのに、どうしてか分かる。
 この子は、ちゃんと“笑ってくれてる”。

「ひ、ヒロヒロです……転生者です……うんちを転がしてます……」

「うんち転がしてるのは、みんな一緒でしょ?」

 その一言が、妙に胸にしみた。
 この世界では、うんちを転がすことは恥じゃない。
 むしろ、誰かと繋がることそのものだった。

 ころりんは、村でも珍しい“テントウムシ種”。
 飛行能力があり、小回りが利き、何よりバランス感覚に優れているため、転がしの補助や道案内に重宝される。

「でもね、あたし、ぜんっぜんうまく転がせないの。ふふ、変でしょ? 転がし見習いなのに、フン運べないんだよ」

「え、それ俺と同じじゃん!」

「でしょ!?」

 笑い合った瞬間、何かが弾けた。
 初めて“言葉”ではなく“感覚”で通じ合った気がした。

「ほら、ちょっと持ってて。これ、あたしの練習用フンなの」

 ころりんが差し出してきたのは、小さなうんちの球体。
 でも、香りがよかった。
 優しい土の匂いと、草食系動物の甘い芳香がふんわりと混じっている。

「……いい匂いだね」

「でしょ!? あたし、調香うんちが得意なんだ♪」

「え、調香? うんちに香りつけんの?」

「うん! お腹の中に入れるハーブとか、乾燥させた草の種類で、匂いがぜんぜん変わるんだよ? ほら、これ、“ミント&クマ笹ブレンド”!」

「なんか……ラノベタイトルみたい……!」

「じゃ、今日はね、“転がし交流デー”なの! 一緒にやってみよっか?」

「え、いきなり!? いや、でも……やってみる」

 そうして、二匹は“協力転がし”に挑戦した。

 ころりんが前を見て、進路を指示。
 ヒロヒロが後ろから、全体の重さを支える。
 絶妙な連携。
 フンは軽やかに回転し、陽の光を受けて、きらきらと輝いていた。

 周囲の虫たちが、少しずつ振り向く。

「あれ、あの転生者……」

「転がせるようになったじゃないか……!」

「しかも、ころりんと一緒に!?」

 やがて広場に拍手が起こる。
 甲虫の足音が土を打ち、羽音が旋律を奏でる。
 ヒロヒロの中に、何かが流れ込んできた。

 ──これは、“物語”だ。

 小説を書いていた頃にはなかった、“自分の身体で生きる物語”。

 今、彼はうんちを転がしている。
 けれど、それはただの排泄物ではなくて──
 出会いの始まりだった。

「ねえ、ヒロヒロ。今日、ちょっと楽しかった?」

「……うん。なんか、すごく、楽しかった」

 それは、心からの本音だった。

 誰にも媚びず、誰かに評価されるためじゃなく。
 ただ、一緒に笑える誰かと、同じうんちを転がす。
 そんな日常の一歩が、こんなにもあたたかいだなんて──

 彼は、知らなかった。

「明日も、練習しよっか?」

 ころりんが、笑って言った。
 ヒロヒロも、虫なりに頷いた。

「うん。俺、もっと転がせるようになりたいんだ」

 世界は、小さく見える。
 でも、その中には──無限の出会いとうんちが詰まっている。

 そうして、二匹の“うんちと青春の冒険”が始まった。

 

 ──あれが、ころりんと出会った日だった。
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