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第4話 『図書室の地味子は、伝説の綾波レイ』

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 昼休みの図書室。
 しんと静まりかえった空間の奥、奥。
 人の気配もほとんどない、その読書スペースの一角に──
 彼は、今日もいた。

 

 ──久慈川幸喜(くじかわこうき)先輩。

 

 彼が書籍化作家だと気づいたのは、図書委員の私にとってある意味“運命”だった。
 だって……だって──

 

(あのとき、コミティアで迷子になっていた私を助けてくれた“よっちゃん”が……今、あんなに近くに……!)

 

 ──あれは、中学三年の冬だった。

 

「ご、ごめんなさい……すみません……!通ります……!」

 人混みにもまれて、必死に自作のレイヤー衣装で歩いていた私。
 周囲の男性たちは、無遠慮にカメラを構え、私に近づこうとする。

 あのときは怖くて、泣きそうだった。

 

 そんな私の前に、ひとりの少年がスッと立った。

「すみません!列はこちらです!今から整列しますので、順番にお願いします!」

 

 中学生とは思えない堂々とした声と動きで、人の群れを誘導してくれたその人──

 彼の首には、カメラではなく、
 **「#茨城太郎萌左衛門」**のラノベグッズネームタグがかかっていた。

 

(……カッコよかったな)

(……優しかったな)

(……あの人が、まさか──)

 

 私は、図書室のカウンター越しにその背中を見つめる。

 彼は、今日も黙々と本を読んでいる。
 それは、戦国時代の資料集。
 刀剣、甲冑、地形、築城様式──
 どれも、彼の代表作『関ヶ原から始める伊達政宗との天下統一』に登場する内容だった。

 

 ──私は、その作品の、ガチファンだ。

「……先輩、今日も資料ですか?」

 私は、ほんの少しだけ勇気を出して、声をかける。

 

 すると彼は、顔を上げて、微笑んでくれた。

「おう、磐城ちゃん。例のアレの続きだよ。笠間城、マジで構造複雑なんだよな……」

「ふふっ。先輩、毎日熱心ですよね」

 

 彼の笑顔に、心が跳ねる。
 同時に、心が焦る。

 

(この人、気づいてない……!)

(私があの時の“綾波レイ”だったことに……!)

 

 ──でも、それでいい。
 だって今の私は、“ただの図書委員”。
 ここから、一歩ずつ、物語を始めていくの。

 

 私はそう決めていた。

 

 

 ***

 

 午後の授業が始まっても、私はそわそわが止まらなかった。

(あのときの綾波レイは──たぶん、ちゃんとしたレイヤーには見えなかったと思う)

(手縫いの制服、ダイソーで買ったカツラ、首から下がボロボロだった)

(それでも、あの人は……)

 

「大丈夫? 気分悪い?」

「へっ!? あ、い、いえっ、大丈夫です……!」

 

 クラスの子に心配されるほどには挙動不審だったらしい。

 そんなとき、ふと開いたTwitterに、彼の新しいツイートがあった。

 

【#青春ラブコメ 書こうとしてるけど、現実が濃すぎて無理ゲー説】

 

(……やっぱり、あの“日常”が原因なのね……)

 

 私も、知ってる。
 彼の家に出入りしてる幼なじみのお姉さん。
 あの子は美人で料理もできて──完全に“嫁”。

 それに、同じ学年のあの妹ちゃん。
 毎朝同じタイミングで登校してるし、制服の袖を引っ張る仕草とか……絶対ただの妹じゃない。

(これは……ラブコメ修羅場案件……!?)

 

 私の心は焦っていた。

(このままじゃ、“図書委員ヒロイン”は勝てない──!)

(でも、負けたくない……!)

 

(だって、私は……あなたの“ファン”で、“助けられた側”で、“あの日、恋をした少女”なんだから)

 

 私の中で、スイッチが入った。

 “ヒロイン”としてのスイッチ。

 

 

 ***

 

 放課後。図書室。

「先輩……!」

「おっ、磐城ちゃん。今日もありがとな。城の本、助かるわ」

「それより……一つだけ、聞いてもいいですか?」

「え? うん、なに?」

 

 私は、両手を握りしめて、一歩踏み出す。

 心臓がバクバクする。

 だけど、言わなきゃ、何も始まらない──

 

「先輩……“茨城太郎萌左衛門”って、やっぱり本名じゃないですよね?」

「うん、まぁ……ペンネームだし。地元愛と萌えで付けた」

「じゃあ……“よっちゃん”って、呼ばれてたことって……ありませんか?」

「え……?」

 

 その瞬間、彼の目がわずかに揺れる。

 驚き、そして──

「まさか……あの時の……!?」

 

 私は、頷いた。

「はい。あのとき、綾波レイの格好してた……あれ、私です」

 

 彼は、しばし沈黙したあと、ぽつりと呟いた。

 

「……マジかよ……! 本当に……!?」

 

 図書室の窓から差し込む夕陽が、二人を静かに照らしていた。

 

 ──その日。
 私たちの“物語”が、ほんの少しだけ、動き出した。
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