天然痘から始まる伊達政宗転生の天下統一~ 独眼竜と呼ばれても中身はただの美少女好き戦国オタクです~

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第二章(第2巻分目)『戦国を歩む伊達藤次郎、春の烽火』

『冬、音もなく兵は動く』

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 あの雪は、今日も降り続いている。



 米沢城の石垣に積もった白が、音もなく崩れ落ちる。障子を閉めた部屋の内にも、その重みがしんと響いた。火鉢の赤が揺らめき、静寂を焦がしている。



 ――これは、戦の前の静けさだ。



 誰が教えたわけでもない。だが、米沢の町に生きる者すべてが、同じ空気を吸い、同じ緊張を胸に秘めている気がする。町娘も、餅屋の若い衆も、駕籠かきも。声は抑えられ、足取りは重くなる。



 冬だから、だけではない。



 筆を握る手が、かじかんで動かぬ。私は火鉢のそばに寄り、指先をそっと翳した。筆先に力を込めると、墨がまた滴り落ちる。



「お館様は、相馬を攻めると決した」



 声に出すと、その重みがずしりと腹に落ちた。



 正月の評定。雪に沈む米沢城の奥で、伊達の家中が集まった。厳かな雰囲気のなか、御前に立った父――伊達輝宗様が、静かに告げた。



「雪解けを待ち、相馬を討つ」



 その一言で、空気が変わった。



 武辺者たちは目を輝かせ、老臣らは無言で頷き、文に通じた者は内心の算盤を弾き始めた。誰もが、春に向かって動き出す戦を意識した。



 私はといえば、その場にあっても、自分の体が冷えていくのを感じた。



 戦が、始まる。



 初めての、本格的な軍事行動。しかもそれが、かねてより睨み合いが続いてきた相馬家への進軍とあっては、伊達の意気も高まるというもの。



 けれど、私にはまだその準備がなかった。



 父は、私を“藤次郎”と呼んだ。



 ――それは、命を下すときの呼び名。



「藤次郎。そちはこの城を頼む」



 頭を垂れるしかなかった。



 出陣を夢見ぬ日はない。だが、私はまだ馬にまともに乗れず、太刀を構えても腕が震える有様。誰より自覚していた。



「……は」



 それでも、心の奥底に、ちいさな悔しさのようなものが灯った。



 だが、父上は続けた。



「皆が前を向いて進むときこそ、背を預けられる者が要る。それを成す者が、最も信用に値する」



 言葉の端に、わずかばかりの情があった。それに私は救われた。



 城に残ることは、決して敗北ではない。そう信じるしかなかった。



 ◇



 日が経つにつれて、城の空気が変わった。



 表向きは、変わらぬ雪景色。町は雪に閉ざされ、人々は炭を焚き、ぬくもりの中に身を潜める。だが、その水面下で、戦の準備は進んでいた。



 軍馬の調練、兵糧米の備蓄、武具の検分。それらはあくまで“表の準備”だ。



 本当に大切なのは、裏だ。



 ――情報戦。



 俺が動かしたのは、黒脛巾組。伊達家が密かに抱える、影の者たち。



 彼らに命じられたのは、相馬領への偽情報の拡散だった。



「三春との対立が続いており、伊達は手一杯」

「相馬への侵攻はあり得ぬ。されど白河方面に動きあり」

「お館様は病気がちにて、軍を率いる気力なし」



 虚と実を織り交ぜ、相馬の油断を誘う。それは情報を制する戦。私はその文を何十通も書いた。墨にまみれ、袖にまで黒が染みてもなお、筆を止めなかった。



「……いや、“白河口で動きあり”は過ぎるな……」



 独り言が増えた。文を認めていると、気づけば何かの気配に背を向けていた。まさか、黒脛巾の者が覗いてはいまいな……と思うほど、神経が研ぎ澄まされていた。



 それは、戦の気。



 ◇



 そんなある日。



 書き物の最中に、襖が勢いよく開いた。



「兄上ーっ!」



 弟の竺丸である。彼はまっすぐ駆け寄ってくると、私の膝の上に座り込んできた。子犬か。いや、子猫か。



「何を書いてるの?」



「うむ……地図だ。相馬領のな」



「え、これが? この浜って、どこ?」



 私は仕方なく、筆を置き、福島の海岸線について説明を始めた。



「ここが松川浦。漁が盛んなところでな。ここは、北泉の浜といって……」



 竺丸の目が輝き始める。私はその表情に、胸がじんわりと温かくなるのを感じた。



 弟の好奇心は、雪を溶かす。



「このあたりは、浜通りといって、冬でも風がやや温かい。雪も少ないんだ」



「へぇー! じゃあ春は早いの?」



「早い……ゆえに、兵も動きやすい」



 私が呟くと、竺丸が「ふーん?」と首を傾げた。



 まだ戦の匂いなど分からぬ年だ。だが、心のどこかでは、きっと何かを感じ取っている。



 ◇



 夜。



 机に向かい、また文を書いていたとき。



 障子の向こうから、母の声がした。



「藤次郎。湯が湧いております」



 私は驚き、咄嗟に文を伏せた。



 母とは、どこか距離があった。昔からそうだった。私が生まれたときのことを、あまり語らぬ。いつも、どこかよそよそしい。



 それでも、その夜の湯は、心に染みた。



 母は何も言わぬ。ただ、湯を勧め、肩を撫でた。



「……冷えておるな」



 その言葉に、私は思わず唇を噛んだ。



「……母上。わたくしは、戦に出られませぬ」



「知っておる」



「ただ……文を書き、嘘を流すだけ……」



「その嘘で、何人が死なずに済むと思う?」



 母の声が静かだった。



 私は、何も言えなかった。



 ただ、湯のなかで、目尻を熱くするだけだった。



 ◇



 明日はまた雪が降るだろう。



 だが、この静けさが終われば――



 春。



 そして、戦。



 私は再び筆を取る。今度は、誰にも見られぬよう、机の奥にしまう予定の文だ。



「相馬の兵、冬の訓練を怠る。兵糧も薄く、戦意なし」



 そして最後に、ひとことだけ。



 ――伊達は、すでに動いている。
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