フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ

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第三章 一番星の光

第24話 追い詰める噂

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 真夏日が続き、疲れが溜まってきている八月。

 内見へ行ったあの日からもうすぐ一ヶ月が経とうとしていることに焦りを感じながらも、私は変わらない日常を送っていた。

 マニュアル作成を任されていることもあり、熱中して作業をしている間は、今後のことを考える余裕がない。

 タイミングが良いのか悪いのか分からないけれど、それを言い訳に私はまだ柊真さんの元へ身を寄せていた。


_/_/_/_/_/_/


 そんな最中、私の周囲に不穏な空気が漂い始めた。

 匿名で会社に入ったというクレーム。
 その内容が噂となって社内を駆け巡り、私が『二股をかけていた』というデマが広がったのだ。

「あの噂、本当なの? 真面目そうに見えて意外だね」

「裏で男を転がしてるなんて、怖いね」

 そんな声がすれ違いざまに耳に飛び込んでくるたび、胸がきゅっと締め付けられる。

 気にしないふりを必死に装ったけれど、その言葉は確実に私の心を抉っていた。

 本当は、そんなのデマだって、声を上げて否定したい。
 だけど、証拠もないし、誰に訴えればいいのかもわからない。

 ただひとつ、頭に浮かぶのは京介の顔だった。

「……きっと京介だ」

 私はデスクに座ったまま、唇をぎゅっと噛みしめる。


_/_/_/_/_/_/


 一ヶ月前、偶然遭遇した京介をなんとか追い返したあの日。

 彼の手中に収まらなかったあの出来事を、私は自信にしようと思っていたけれど、自分の力で解決できたなんて勝手な思い込みだったのだと思わぬ形で思い知らされる。

 そんな事実では無いクレームを入れるのは、彼以外に思い当たる人なんていないのだ。

 耐えよう。

 そう決めたはずなのに、冷たい視線や囁き声が突き刺さる。

 目の前のパソコン画面を見つめても、指が震えてうまく文字を打つことすらできなかった。

 そのとき、不意に声がかかった。

「木崎さん、いま少しいい?」

 振り向くと、柊真さんが立っていた。

 彼の真剣な表情に一瞬驚き、私は小さく頷く。

 柊真さんなら、この状況がデマだと分かってくれているはず。
 無意識のうちに、私の頭にはそんな淡い期待が浮かび上がっていた。


_/_/_/_/_/_/


 会議室に二人で入ると、柊真さんがドアを静かに閉め、私を振り返った。

 その表情は真剣で、いつもより少し硬い。

「例のクレームのことだけど……」

 言葉を濁すような言い方に、胸がぎゅっと締め付けられた。

 ーーもしかして、柊真さんも疑っている?

 そんな気持ちになった途端、居ても立っても居られず私はガタッと音を立てて立ち上がる。

「違います! 誤解なんです、きっと京介が……」

 思わず勢いよく否定すると、柊真さんは私をじっと見つめた。

「……そうだよな」

 彼は少し間を置いてから、静かに言葉を続けた。

「でも、こういうクレームが会社に入るのは、茉莉も悔しいだろ。気をつけるべきことが本当になかったのか?」

 その一言が、胸に深く刺さる。
 叱責ではなく、私を思ってくれているのが伝わる言葉だった。

 それが、余計に苦しかった。

「……私……」

 何を言えばいいかわからなかった。

 あの日の出来事を伝えることだってできたけど、自分で「大丈夫」と言ってしまった事実が胸に詰まる。

 柊真さんが小さくため息をつき、困ったように眉を寄せた。

「俺は茉莉のことを信じたいし、力になりたいと思ってる。だからこそ、茉莉には自分をもっと大切にしてほしい」

 その優しい声が、心の奥に染み渡ると同時に、重く響く。

 ――大切にしてほしい。

 その言葉の裏には、柊真さんが私を完全には信じてくれていない事実が隠れているのだと察してしまったから。

「……すみません」

 こみ上げる涙を必死に堪えて、それだけを絞り出すように言い、頭を下げた。

 柊真さんは一瞬驚いたようだったけれど、すぐに表情を和らげる。

「茉莉」

 彼が何かを言いかけた。

「本当にすみませんでした。失礼します」

 でも、その続きを聞くのが怖くて、私は彼の言葉を遮るように身を翻し、その場を立ち去った。

 廊下を早足で歩きながら、胸の奥に渦巻く感情を押し込めようと必死だった。

 信じてもらえなかったこと。
 そして、柊真さんに軽い女だと思われたかもしれないこと。

 その全てが胸を締め付けて、苦しくて、悲しくて。

 彼の顔を見るのが怖くなってしまったのだ。


_/_/_/_/_/_/


第24話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!

雲行きが怪しくなってきました…。
次回もぜひよろしくお願いいたします。
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