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第三章 一番星の光
第25話 信じて
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その日の業務が終わった後も、心のざわつきは収まらなかった。
柊真さんのいる家に帰るのが、どうしても気が進まない。
会社を一足先に出た私は、夕暮れの街をあてもなく歩き続けた。
明るいショーウィンドウの光や行き交う人々の楽しそうな声が、心に余計な孤独感を突きつける。
「どうして、私ばっかり……」
小さく漏れた声が、あまりにも悲劇のヒロインのそれで、自分に嫌気が差す。
頑張ろうって決めたじゃん。
柊真さんが信じてくれなかったからなんだっていうの。
別に関係ないでしょ。
私は一人で立てるようになるんだから。
そう言い聞かせるけれど、足取りは思いまま、視線は地面に吸い込まれていく。
本音を言えば、柊真さんなら信じてくれると思っていた。
優しくて冷静なあの人だけは、私の味方でいてくれると信じていた。
でも、それは私の一方的な期待だったのだ。
柊真さんの様子を伺うような言葉選びを思い出し、恥ずかしいような、悲しいような、耐えられない気持ちに押しつぶされそうになる。
ふと立ち止まって、肩を落としたそのときだった。
「よ」
不意に聞こえた声に、全身が凍りついた。
「こんなとこでふらふらして、帰る場所でも無くした?」
振り向くと、そこには京介がいた。
まるで全てを見透かすように、ニヤリと口元を歪めて私を見下ろしている。
「京介……」
「あーあ、ボロボロじゃん。これで分かっただろ?お前みたいな女に優しくするやつなんていないんだよ」
その言葉に、胸が強く締めつけられる。
喉が震え、声が出なかった。
「結局、お前には俺しかいないんだよ。俺はお前の弱い部分も理解してやれる。ほら、帰ろうぜ。一人なんて向いてないよ」
――何もかも見透かされているような言葉が、心の奥深くに突き刺さる。
流されてしまいそうになる弱い心を振り切るように、無理に出した声は、情けないほど震えていた。
「……離してよ!」
口にした瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。
「京介には関係ない!私の人生にこれ以上入ってこないで!これ以上……っ、無茶苦茶にしないで……!」
ヒステリックに泣き叫ぶ私に京介は驚き、一瞬動きを止めた。
しかし、その驚きはすぐに苛立ちに変わり、彼は乱暴に私の腕を掴んだ。
「何叫んでんだよ。人前で恥ずかしいだろ落ち着けよ」
「やめて!離して!」
振りほどこうとしても、彼の力は強い。
周囲の目も気にせず、私は必死に抵抗した。
それでも京介は意地になり、私を無理やり引っ張ろうとする。
悔しいけど、涙が止まらなかった。
京介の言葉が、どこか正しい気がしてしまう自分がいた。
結局信じてもらえなくて何もない私。
これ以上傷つきたくなくて帰りづらいと思っていたのも図星だった。
「おい」
そのとき、低く冷たい声が響き渡った。
京介の手がピタリと止まり、私はその反動で彼の胸に倒れ込む形になった。
京介はその隙を逃さず、さらに強く私を引き寄せる。
温かかった。
だけど、安心するような優しさは、彼の胸にはもうない。
「彼女を離せ」
聞こえたのは、聞き慣れた優しい声とは全く違う、低く鋭い声。
その声に、私は思わず振り返った。
そこには、京介を鋭く睨みつける柊真さんが立っていた。
「なんだよ、あんた……」
京介が眉を顰めたかと思うと、嘲るような笑みを浮かべる。
「あーあ、もしかしてお前が茉莉の新しい相手?残念だったな。こいつ、二股かけてんだよ。そんな女助ける価値、あんの?」
柊真さんは一瞬たりとも目を逸らさず、京介の挑発に微塵も動じなかった。
「やっぱりそういうことか。しょうもないこと言ってないで、手を離せ」
静かでありながら、鋭い一言。
その声の威圧感に、京介の顔がわずかに歪む。
それでも意地を張るように、私の腕をさらに強く掴んだ。
「離せって言ってる」
柊真さんが痺れを切らしたように京介の腕を掴むと、力強く引き離した。
京介の手が外れた瞬間、私は解放されて後ろによろけたが、すぐに柊真さんが私の肩を支えてくれた。
「茉莉、大丈夫?」
その優しい声に、張り詰めていた感情が崩れ、私は堪えきれず涙を流した。
「……二股の噂で、こいつのこと捨てたんじゃねえのかよ!」
京介が怒りを滲ませた声を上げた。
私はその言葉を聞きたくなくて、思わず耳を塞いだ。
「そんな噂、始めから信じてない」
柊真さんの言葉が、その場の空気を一瞬で変えた。
私自身も驚いて柊真さんを見つめる。
「彼女に執着してるのはお前の方だろ。傷つけてでも傍に繋ぎ止めたいのか?」
淡々と落ち着いた声のまま問い詰める柊真さんに、京介の顔が苦々しく歪んだ。
「生憎、彼女はお前なんかに縛られるような女じゃない。それに――」
柊真さんは少し間を置き、低く静かな声で言い放った。
「もう彼女を一人にさせる気はない。お前に拾われるような安い女じゃないんだ」
その一言で、京介は完全に言葉を失った。
柊真さんは私をそっと抱き寄せ、温かい声で囁いた。
「帰ろう」
私は涙を拭いながら、震える声で答えた。
「……はい」
柊真さんの肩に寄り添い、二人でその場を立ち去る。
背後に京介の気配が残るが、もう振り返らなかった。
温かな腕に包まれたその瞬間、私は大きな安心感に包まれた。
_/_/_/_/_/_/
第25話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!
次回もぜひよろしくお願いいたします。
柊真さんのいる家に帰るのが、どうしても気が進まない。
会社を一足先に出た私は、夕暮れの街をあてもなく歩き続けた。
明るいショーウィンドウの光や行き交う人々の楽しそうな声が、心に余計な孤独感を突きつける。
「どうして、私ばっかり……」
小さく漏れた声が、あまりにも悲劇のヒロインのそれで、自分に嫌気が差す。
頑張ろうって決めたじゃん。
柊真さんが信じてくれなかったからなんだっていうの。
別に関係ないでしょ。
私は一人で立てるようになるんだから。
そう言い聞かせるけれど、足取りは思いまま、視線は地面に吸い込まれていく。
本音を言えば、柊真さんなら信じてくれると思っていた。
優しくて冷静なあの人だけは、私の味方でいてくれると信じていた。
でも、それは私の一方的な期待だったのだ。
柊真さんの様子を伺うような言葉選びを思い出し、恥ずかしいような、悲しいような、耐えられない気持ちに押しつぶされそうになる。
ふと立ち止まって、肩を落としたそのときだった。
「よ」
不意に聞こえた声に、全身が凍りついた。
「こんなとこでふらふらして、帰る場所でも無くした?」
振り向くと、そこには京介がいた。
まるで全てを見透かすように、ニヤリと口元を歪めて私を見下ろしている。
「京介……」
「あーあ、ボロボロじゃん。これで分かっただろ?お前みたいな女に優しくするやつなんていないんだよ」
その言葉に、胸が強く締めつけられる。
喉が震え、声が出なかった。
「結局、お前には俺しかいないんだよ。俺はお前の弱い部分も理解してやれる。ほら、帰ろうぜ。一人なんて向いてないよ」
――何もかも見透かされているような言葉が、心の奥深くに突き刺さる。
流されてしまいそうになる弱い心を振り切るように、無理に出した声は、情けないほど震えていた。
「……離してよ!」
口にした瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。
「京介には関係ない!私の人生にこれ以上入ってこないで!これ以上……っ、無茶苦茶にしないで……!」
ヒステリックに泣き叫ぶ私に京介は驚き、一瞬動きを止めた。
しかし、その驚きはすぐに苛立ちに変わり、彼は乱暴に私の腕を掴んだ。
「何叫んでんだよ。人前で恥ずかしいだろ落ち着けよ」
「やめて!離して!」
振りほどこうとしても、彼の力は強い。
周囲の目も気にせず、私は必死に抵抗した。
それでも京介は意地になり、私を無理やり引っ張ろうとする。
悔しいけど、涙が止まらなかった。
京介の言葉が、どこか正しい気がしてしまう自分がいた。
結局信じてもらえなくて何もない私。
これ以上傷つきたくなくて帰りづらいと思っていたのも図星だった。
「おい」
そのとき、低く冷たい声が響き渡った。
京介の手がピタリと止まり、私はその反動で彼の胸に倒れ込む形になった。
京介はその隙を逃さず、さらに強く私を引き寄せる。
温かかった。
だけど、安心するような優しさは、彼の胸にはもうない。
「彼女を離せ」
聞こえたのは、聞き慣れた優しい声とは全く違う、低く鋭い声。
その声に、私は思わず振り返った。
そこには、京介を鋭く睨みつける柊真さんが立っていた。
「なんだよ、あんた……」
京介が眉を顰めたかと思うと、嘲るような笑みを浮かべる。
「あーあ、もしかしてお前が茉莉の新しい相手?残念だったな。こいつ、二股かけてんだよ。そんな女助ける価値、あんの?」
柊真さんは一瞬たりとも目を逸らさず、京介の挑発に微塵も動じなかった。
「やっぱりそういうことか。しょうもないこと言ってないで、手を離せ」
静かでありながら、鋭い一言。
その声の威圧感に、京介の顔がわずかに歪む。
それでも意地を張るように、私の腕をさらに強く掴んだ。
「離せって言ってる」
柊真さんが痺れを切らしたように京介の腕を掴むと、力強く引き離した。
京介の手が外れた瞬間、私は解放されて後ろによろけたが、すぐに柊真さんが私の肩を支えてくれた。
「茉莉、大丈夫?」
その優しい声に、張り詰めていた感情が崩れ、私は堪えきれず涙を流した。
「……二股の噂で、こいつのこと捨てたんじゃねえのかよ!」
京介が怒りを滲ませた声を上げた。
私はその言葉を聞きたくなくて、思わず耳を塞いだ。
「そんな噂、始めから信じてない」
柊真さんの言葉が、その場の空気を一瞬で変えた。
私自身も驚いて柊真さんを見つめる。
「彼女に執着してるのはお前の方だろ。傷つけてでも傍に繋ぎ止めたいのか?」
淡々と落ち着いた声のまま問い詰める柊真さんに、京介の顔が苦々しく歪んだ。
「生憎、彼女はお前なんかに縛られるような女じゃない。それに――」
柊真さんは少し間を置き、低く静かな声で言い放った。
「もう彼女を一人にさせる気はない。お前に拾われるような安い女じゃないんだ」
その一言で、京介は完全に言葉を失った。
柊真さんは私をそっと抱き寄せ、温かい声で囁いた。
「帰ろう」
私は涙を拭いながら、震える声で答えた。
「……はい」
柊真さんの肩に寄り添い、二人でその場を立ち去る。
背後に京介の気配が残るが、もう振り返らなかった。
温かな腕に包まれたその瞬間、私は大きな安心感に包まれた。
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