47 / 48
第四章 支え合いの形
第46話 心を閉ざした過去
しおりを挟む
ある朝、会社のエントランスをくぐった瞬間、妙な違和感を覚えた。
フロア全体がざわついている。
いつもの朝とは明らかに雰囲気が違う。
誰もがスマホやPCの画面を覗き込み、何かを話し込んでいた。
「……何かあった?」
胸の奥に、嫌なざわめきが走る。
自分のデスクへ向かう途中、隣の同僚がこちらに気づいて顔を上げた。
「なあ、藤堂……これ、見たか?」
差し出されたスマホの画面には、ニュースサイトが開かれていた。
トップページいっぱいに躍る、大きな見出し。
その中央で、堂々と笑顔を浮かべる男性を見た瞬間、俺は反射的にスマホを奪い取っていた。
<新会社K Holdings ――次世代オンラインRPGを制作発表>
……は?
意味が理解できなかった。
画面に映っているその顔は、間違いなく片桐だった。
先週まで、仕事終わりに毎日のように集まって時を過ごしていた相手。
俺たち二人なら、オンラインゲームの世界で勝てるものを作り出せる。そう夢を語って何度も夜を語り明かした相手だった。
けれど、見出しに並ぶ会社名は、聞き覚えのないものだった。
片桐が……会社を立ち上げた?
嫌な予感に突き動かされるように、俺は画面をスクロールした。
<独自開発のマルチプラットフォーム対応エンジンにより、スマホ・PC・ブラウザを横断する大規模RPG運営を実現>
……嘘だろ。
さらに読み進めると、世界中にサーバーをおいたオンラインRPGの仕組みや、ワクワクするようなイラスト・グラフィックイメージが描かれている。
心臓が、強く脈打った。
――全部、見覚えがある。
いや、見覚えがあるなんてレベルじゃない。
これは、俺と片桐が夜語り合って進めていた夢の構想そのものだった。
業務外でアイデアを出し合って進めていたプロジェクト。
契約も何もないまま進めたそれは、俺らの信頼があってこそのもの。
固まる俺を置き去りにするように、会社の連中は、どこか浮かれた様子で言う。
「すごいな、片桐。辞めてすぐ会社立ち上げるなんて」
「才能あるやつは違うよな」
俺を含め、あの話に少し関わっていたほんの数人が、言葉を失ってこちらに視線を向けていた。
「……藤堂さん、これ知ってたんですか」
「いや……知らない」
冷静なふりをして言葉を返すのがやっとだった。
『このアイデアを形にするには、まだ実力がいる。だから俺転職するよ』
そう言って、会社を辞めた片桐を、俺は信用しきっていた。
ふたりでいつか立ち上げるために、一時的に違う道を選ぶのだと思っていた。
「……あいつ、全部嘘かよ……」
片桐が持ち出したのは、紛れもなく、俺たちが一緒に思い描いた未来そのもの。
信頼も一緒にやってきた時間もすべてが色を失った瞬間だったのだ。
_/_/_/_/_/_/
その日の昼休み、俺は片桐に連絡を入れた。
電話は驚くほどあっさりと繋がった。
<藤堂、どうした?>
変わらない軽い声に、胸の奥に溜まっていたものが一気に煮え立つ。
「どういうつもりだ……。お前ずっと俺を騙していたのか」
<……もう見たのか>
片桐は、調子を変えずに、小さく呟いた。
<悪いとは思ってるよ>
「はぁ……!?そんなの……」
感情任せに怒鳴りそうになった俺を遮るように彼は淡々と続ける。
<でも、お前と二人でやってたら、いつまでも形にならないのは確かだった>
冷静であり、突き放すような言葉に、頭が真っ白になる。
<お前は慎重すぎるんだよ。完璧にしてからじゃないと前に進まない。気持ちは分かるけど、ビジネスはスピードだろ?>
それは、初めて聞く言葉ではなかった。
すぐにでも会社をやめて取り掛かろう。
作り始めよう。資金を集めよう。
そう言って動き出そうとする彼を止めたことは何度もあったから。
「……だから、全部持っていったのか」
<持っていった?違うよ。俺が先に動いただけだ>
当然のことのように言い切る彼の言葉に、ようやく理解した。
俺と片桐は、見ていた世界が違っていたのだ。
彼は、自分の作りたいものを、自分の力で作り上げることに。
俺は、片桐と一緒に夢を叶えることに。
大事にしていた軸が、最初から違っていたのだ。
<俺は、上にいきたいんだ。いつまでも夢を語ってるだけではいたくない。上にいくためなら、いくらだって乗り替わるよ。起業家なんてそんなもんだろ>
怒りも、悲しみも、その瞬間に全部抜け落ちた。
電話を切り、俺はその場に座りこむ。
片桐の言っていることは、きっと間違っていない。
現実的で、合理的で、成功する人間の考え方なのだろう。
けど、俺は、楽しかったんだ……。
お前と一緒に語り明かす夜も、その先の未来も、少しずつ形になっていくあの感覚も。
——バカみたいだ。
人を信じて、夢を共有して、人間関係でこんなふうになるのは。
_/_/_/_/_/_/
それから数ヶ月後。
人を信じられなくなった俺は、仕事を人に任せることができなくなり、会社を辞める選択をした。
業務委託という形の方が、よほど気が楽だった。
自分の仕事だけを、淡々とこなす。
責任も成果も、すべて自分に返ってくる。それでいい。
もう、人と深く関わるのはやめようと思った。
街の本屋に立ち寄ったとき、平積みにされたビジネス誌が目に入った。
表紙いっぱいに踊る文字と、その中央にある顔。
『片桐拓真、若き天才経営者』
輝かしい笑顔でカメラを見つめる男を、俺は足を止めてじっと見つめた。
俺が夢をかけたアイデアを、夜を削って語り合った未来を、こいつは何食わぬ顔で「自分の成功」として世に売り出している。
悔しさも、怒りも、とうに通り越していた。
胸の奥にあるのは、感情と呼ぶにはあまりに静かな、深い虚無だけ。
俺は雑誌から目を逸らし、小さく息を吐いた。
「……俺はもう、他人に何かを預けることはしない」
それは自分を守るために選んだ、唯一の正解だったと思う。
_/_/_/_/_/_/
第46話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!
次回もぜひよろしくお願いいたします。
フロア全体がざわついている。
いつもの朝とは明らかに雰囲気が違う。
誰もがスマホやPCの画面を覗き込み、何かを話し込んでいた。
「……何かあった?」
胸の奥に、嫌なざわめきが走る。
自分のデスクへ向かう途中、隣の同僚がこちらに気づいて顔を上げた。
「なあ、藤堂……これ、見たか?」
差し出されたスマホの画面には、ニュースサイトが開かれていた。
トップページいっぱいに躍る、大きな見出し。
その中央で、堂々と笑顔を浮かべる男性を見た瞬間、俺は反射的にスマホを奪い取っていた。
<新会社K Holdings ――次世代オンラインRPGを制作発表>
……は?
意味が理解できなかった。
画面に映っているその顔は、間違いなく片桐だった。
先週まで、仕事終わりに毎日のように集まって時を過ごしていた相手。
俺たち二人なら、オンラインゲームの世界で勝てるものを作り出せる。そう夢を語って何度も夜を語り明かした相手だった。
けれど、見出しに並ぶ会社名は、聞き覚えのないものだった。
片桐が……会社を立ち上げた?
嫌な予感に突き動かされるように、俺は画面をスクロールした。
<独自開発のマルチプラットフォーム対応エンジンにより、スマホ・PC・ブラウザを横断する大規模RPG運営を実現>
……嘘だろ。
さらに読み進めると、世界中にサーバーをおいたオンラインRPGの仕組みや、ワクワクするようなイラスト・グラフィックイメージが描かれている。
心臓が、強く脈打った。
――全部、見覚えがある。
いや、見覚えがあるなんてレベルじゃない。
これは、俺と片桐が夜語り合って進めていた夢の構想そのものだった。
業務外でアイデアを出し合って進めていたプロジェクト。
契約も何もないまま進めたそれは、俺らの信頼があってこそのもの。
固まる俺を置き去りにするように、会社の連中は、どこか浮かれた様子で言う。
「すごいな、片桐。辞めてすぐ会社立ち上げるなんて」
「才能あるやつは違うよな」
俺を含め、あの話に少し関わっていたほんの数人が、言葉を失ってこちらに視線を向けていた。
「……藤堂さん、これ知ってたんですか」
「いや……知らない」
冷静なふりをして言葉を返すのがやっとだった。
『このアイデアを形にするには、まだ実力がいる。だから俺転職するよ』
そう言って、会社を辞めた片桐を、俺は信用しきっていた。
ふたりでいつか立ち上げるために、一時的に違う道を選ぶのだと思っていた。
「……あいつ、全部嘘かよ……」
片桐が持ち出したのは、紛れもなく、俺たちが一緒に思い描いた未来そのもの。
信頼も一緒にやってきた時間もすべてが色を失った瞬間だったのだ。
_/_/_/_/_/_/
その日の昼休み、俺は片桐に連絡を入れた。
電話は驚くほどあっさりと繋がった。
<藤堂、どうした?>
変わらない軽い声に、胸の奥に溜まっていたものが一気に煮え立つ。
「どういうつもりだ……。お前ずっと俺を騙していたのか」
<……もう見たのか>
片桐は、調子を変えずに、小さく呟いた。
<悪いとは思ってるよ>
「はぁ……!?そんなの……」
感情任せに怒鳴りそうになった俺を遮るように彼は淡々と続ける。
<でも、お前と二人でやってたら、いつまでも形にならないのは確かだった>
冷静であり、突き放すような言葉に、頭が真っ白になる。
<お前は慎重すぎるんだよ。完璧にしてからじゃないと前に進まない。気持ちは分かるけど、ビジネスはスピードだろ?>
それは、初めて聞く言葉ではなかった。
すぐにでも会社をやめて取り掛かろう。
作り始めよう。資金を集めよう。
そう言って動き出そうとする彼を止めたことは何度もあったから。
「……だから、全部持っていったのか」
<持っていった?違うよ。俺が先に動いただけだ>
当然のことのように言い切る彼の言葉に、ようやく理解した。
俺と片桐は、見ていた世界が違っていたのだ。
彼は、自分の作りたいものを、自分の力で作り上げることに。
俺は、片桐と一緒に夢を叶えることに。
大事にしていた軸が、最初から違っていたのだ。
<俺は、上にいきたいんだ。いつまでも夢を語ってるだけではいたくない。上にいくためなら、いくらだって乗り替わるよ。起業家なんてそんなもんだろ>
怒りも、悲しみも、その瞬間に全部抜け落ちた。
電話を切り、俺はその場に座りこむ。
片桐の言っていることは、きっと間違っていない。
現実的で、合理的で、成功する人間の考え方なのだろう。
けど、俺は、楽しかったんだ……。
お前と一緒に語り明かす夜も、その先の未来も、少しずつ形になっていくあの感覚も。
——バカみたいだ。
人を信じて、夢を共有して、人間関係でこんなふうになるのは。
_/_/_/_/_/_/
それから数ヶ月後。
人を信じられなくなった俺は、仕事を人に任せることができなくなり、会社を辞める選択をした。
業務委託という形の方が、よほど気が楽だった。
自分の仕事だけを、淡々とこなす。
責任も成果も、すべて自分に返ってくる。それでいい。
もう、人と深く関わるのはやめようと思った。
街の本屋に立ち寄ったとき、平積みにされたビジネス誌が目に入った。
表紙いっぱいに踊る文字と、その中央にある顔。
『片桐拓真、若き天才経営者』
輝かしい笑顔でカメラを見つめる男を、俺は足を止めてじっと見つめた。
俺が夢をかけたアイデアを、夜を削って語り合った未来を、こいつは何食わぬ顔で「自分の成功」として世に売り出している。
悔しさも、怒りも、とうに通り越していた。
胸の奥にあるのは、感情と呼ぶにはあまりに静かな、深い虚無だけ。
俺は雑誌から目を逸らし、小さく息を吐いた。
「……俺はもう、他人に何かを預けることはしない」
それは自分を守るために選んだ、唯一の正解だったと思う。
_/_/_/_/_/_/
第46話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!
次回もぜひよろしくお願いいたします。
2
あなたにおすすめの小説
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
楓乃めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
わたしの愉快な旦那さん
川上桃園
恋愛
あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。
あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。
「何かお探しですか」
その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。
店員のお兄さんを前にてんぱった私は。
「旦那さんが欲しいです……」
と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。
「どんな旦那さんをお望みですか」
「え、えっと……愉快な、旦那さん?」
そしてお兄さんは自分を指差した。
「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」
そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる