政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~

巫叶月良成

文字の大きさ
12 / 57

11話 下町の漢

しおりを挟む
 男たちが私の質素ながらも私が切ることで気品があふれ出ている上着の裾を引こうとした、その直前。

「ぎゃぶっ!?」

 目の前の男の体が飛んだ。

 何が、と思ってみれば私のすぐ横に細長い棒のようなものが突き出ていた。いや、違う。これは人の手。けど人の手と思うにはかなり細い。栄養はちゃんと取れているのかしら。それに指先がちょっと荒れてる。苦労人の手ね。

 その手が私の耳の横を通過して、拳となって突き出されている。
 つまりその拳が今、目の前の男の顔面を撃ち抜いたわけで、そんなことができるのは――

「お嬢様に障るな、下郎!!」

「アーニィ」

「申し訳ありません、エリ様。護衛の身でエリ様を見失うなど……この失態、夜の折檻で償わせていただきます!」

「いえ、ナイスタイミングでした。折檻はしませんよ?」

 ちょっと楽しそうと思ってしまったけど、これでも一応恩は感じる人間ですからね。

「そ、そうですか……しゅん」

 なのにちょっと悲しそうなアーニィ。何か間違ったかしら。うぅん、もしかしたらこの世界特有の何かかもしれないですね。こうなったら一度試してもらいましょうか。アーニィにいきなり行くのは可愛そうなので……ええ、では今パパをちょっと攻めてみましょうか。今夜辺り。

「てめぇ、ゼーキに何しやがる!」

 チャラ男をやられて残った男たちが顔を真っ赤に――あ、もとから真っ赤か――して怒鳴る。

 それを軽く受け流したアーニィは私の前に立ち、頭を下げる。

「お嬢様、しばしお待ちください。この輩どもをメイドとして掃除いたします」

「ええ、じゃあ任せるわ」

 何がメイドとしてなのか分からなかったけど、こう自分から言うのだから自信があるのだろうと思って任せた。

「御意!!」

 それからは一方的だった。

 アーニィが動くたびに男が宙を飛び、壁に張り付き、テーブルに激突して倒れていく。狭い室内は一気に騒乱の最中に放り込まれ、その中でアーニィは次々と男たちをちぎっては投げていく。

「メイド流暗殺術に敵う者はいません!」

 あのちょっとどんくさいアーニィが縦横無尽に暴れまわる様は、あまりに常軌を逸してるみたいでなんだか夢みたい。
 うぅん。それにしてもちゃんとまさか強いとは。ごめんね、護衛にならないとか思っちゃってて。それにしてもメイドとしてっていうのは、メイドとして冥途に送るってこと?

 10人ほどいた男たちは、ほんの1分もしないままに床に転がってうんうん唸るだけの物体に成り下がっていた。

「ふぅ、終了です」

 アーニィは少し息を乱しただけで、一発も殴られもしなかった。え、強すぎじゃない? なにこの子。護衛として最強じゃない。

 けど参ったわね。
 本当は味方に引き込む予定だった人たちをノシてしまったわ。

 けどあれかしら。
 一度は殴り合った人たちは、その後により深い友情で結ばれると聞きました。きっとあれがこの後に起きるんですね。

「皆さん、というわけで仲良くしませんか?」

「おお、お嬢様。このような者たちに手を差し伸べるとは。エリ様の御心は悠久の空より果て無いのですね」

 とアーニィが答えるだけで、他は誰も答えてくれなかった。寂しかった。

 うぅ。これが文化の違い。いえ、場所が河原じゃないからいけないんですね。

 そうに決まってる。
 と、うんうん頷いていると、すぐ横に誰かがいたのに気づかなかった。

「てめぇら、うるせーよ」

 1人。長身の男が立っていた。

「てめぇ、どこのやつらだ?」

 男――今まで隅っこのソファで熟睡していた男がふらりと体を起こしてすぐそばまで来ていた。

 短く刈り込んだ金髪。眠そうながらも尖って横に広がった瞳には意志の強さが現れているように思える。
 それだけだとどっかのチンピラにも見えるけど、口の周りの無精ひげがなんとなく強面こわもて感を増強させ、建築現場で働くガテン系にいちゃんに見えなくもない。さらにその190を超えるだろう体躯とタンクトップから溢れる筋肉からは相当の迫力を醸し出していた。
 てか胸板厚っ。なにこれ。同じ人類なの? 妖怪むないたんとかじゃなく?

「聞いてんのか、おい? 人のシマにちょっかいだしてくれちゃってよ?」

 男がハスキーでドスの効いた声で静かに怒鳴る。うん、矛盾してるけどそんな表現がピッタリな、腹からの声だった。

「ちょっかいだされたのはこちらなんですが……」

「ああ? その前に馬鹿にしただろ、俺らを」

「あ、聞いてらしたんですね」

「ぐだぐだうるせぇから聞こえてきたんだよ。それでこいつらがおめぇを追い出しゃしまいだったんだが……ったく、おいなにやってんだてめぇら」

「くっ……す、すみません。ダウンゼンのアニキ」

 おお、アニキ。漢字じゃなくてカタカナのアニキ。
 なにか胸がきゅんとする響きね。

「ったく。それほど手練れってことかよ。おら、邪魔だから奥行ってろ。おい、マスター。こいつらに傷薬渡してやれ。代金はそこにある俺の財布から勝手にもってけ。迷惑料も込めてな。それからこいつらに水やってくれ。馬鹿が酔いを醒ますにゃちょうどいい」

 てきぱきと指示を出すアニキ。

 なんていうか、意外に面倒見がいい? キップもいいし、ちゃんとしてるし乱暴な物言いと違って真面目系なのかしら?

 そんな私の視線に気づいたのか、こっちに振り向いた時には阿修羅のような形相で睨みつけて叫ぶ。

「あ? 何見てんだ、てめぇ!」

「いえ、不思議な方だなぁと」

「おちょくってるのか?」

「まさか。観察してるだけです」

 弱みとかを見つけられないかって。

「……それがおちょくってるっつってんだよ。で、もう一度聞くがてめぇ、どこのもんだ? ああ、ちなみに俺はダウンゼン・ドーンだ。そこらのファーリーのお屋形について郊外の橋の建築やってる職人だ。職人だからってなめんじゃねぇぞ、コラ! てめぇの手抜き建築の家をぶっ壊してその後きっちり建て直すぞ、コラァ!」

 あ、やっぱ建築現場で働いてた。なんか想定通りすぎるわね。
 てかわざわざ聞いてもないのに自分の身の上を話始めるとか……やっぱ真面目ね。

 ふむ、困りましたね。どうしましょうか。
 ここで普通に正体をばらしてしまってもいいんですけど、それだとこう……面白くないというか。やっぱこういうのは最後の最後で印籠を出して「ひかえおろう!」って感じのがいいんだけど。タイミングが難しいわ。印籠ないし。

 なんて思っていると斜め後ろのアーニィが鼻を鳴らしてこう言った。

「ふん、エリ様がお前たちみたいな下賤の者に名乗る必要などないわ!」

「エリってのか、貴族か」

「あ」

「アーニィ……」

「ご、ごごご、ごめんなさぁぁい、エリーゼ・バン・カシュトルゼ様ぁぁぁぁ!」

「なに、カシュトルゼ?」

 アニキがそのファミリーネームにピクリと反応する。

「あわわわわわ! し、しまりましたぁぁぁぁ!」

 はぁ、まったくこの子は。

 やれやれと思いつつも、自分も身の上を明かして対しようと思ったのだから大目に見ましょう。演出ってことで。

 だから私は小さく息をつくと、くっと顔を上げて(そうしないと相手の顔が見えないから)挑戦するようにアニキに向かって言い放つ。

「ええ、私が“あの”エリーゼ・バン・カシュトルゼです」

 ま、印籠もないしお供にこの子は不安だけど。
 こういう言い方、ちょっとは格好つくんじゃない?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy
ファンタジー
 もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。  村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。  ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。  しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。  まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。  幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

処理中です...