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24話 表情は腹の中に
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「あら男爵。お早いお戻りですわね」
なるだけ“皮肉に聞こえるよう”精一杯の笑みと精一杯の棒読みで語り掛ける。
「ふん、カシュトルゼの娘か」
「ええ、カシュトルゼ“公爵”の娘です、ジュエリ“男爵”」という風に返したいのをグッと我慢して、私は笑みを深くする。
どうせバックにはガーヒルがついてるから少し強気で来れるのだろう。いざとなったら切り捨てられるのに。哀れね。そう思えば憐憫の情も湧いてくるわ。
「なんだその、人を見下したような顔は!」
「いえ、別に。これが私の普通ですので」
「あー、確かに」
「いえ、それが魅力的なんですよ」
味方から援護攻撃を受けたので、睨みつけてやった。
まったく、ダウンゼンにクロイツェルの2人ときたら。
「ふん、あまり調子に乗るなよ。親の威を借りる狐め」
パンパンな腹を揺すりながら、ふてぶてしく笑うジュエリ男爵。あ、うん。やっぱ生理的に無理ね。
だから憐憫すらも薄れていく。
「なにも借りていませんが? 私は私として、今ここに立っているのですから」
「ああ言えばこう言う」
「ただ事実を述べただけですが?」
「そうやって煙に巻く方法。父親そっくりだな」
「別に煙に巻いていません。そしてそれは父を、侮辱すると受け取ってもよろしいので?」
「どうしてそうなる。一体何を聞いていたのだ」
声色に険が混じり、苛立っているのが良く分かる。
この程度で感情を表に出すなんて、本当に器が知れるものよ。
『感情はなるだけ表に出さないように。敵に付け込まれるからね。悲しい時に笑い、嬉しい時に泣く。そうすれば相手に腹の内を見せることなく、交渉を優位に進められるからね』
前パパはそう笑顔で言って言っていたけど……あれって悲しかったってことかしら?
「で? 何の用だ?」
「これはこれは。何の用とはずいぶん悠長な。お話は先ほどお伝えしましたが?」
「小娘が喚き散らすこと、聞こえるものでもないわ」
「それは大変です。難聴は重大な病気。どうでしょう、今すぐご領地にお戻りになって静養なさるのは」
「私を馬鹿にする気か!」
「バカにしてるのはそっちでしょう」
「なにっ!!」
「陛下のおわすこの中央区に、許可のない平民の集団が入り込んだのです。これは立派な違反。何より警備の怠慢、不始末! いったいどう責任をお取りするつもりで?」
「何を言うかと思えば……そのような報告は受けていない!」
「お認めにならないと?」
「認めるも何もない。そんなことが起きたという事実はないのだろう」
「ここにいる被害を受けた皆さんがその証人ですが」
「そーだそーだ!」「あの群衆、一歩間違えれば私の屋敷まで……」「ああ、恐ろしい」
被害、といってもただ単に家の前を通行されただけなのにこの怯えよう。本当、特権階級ってのは……あ、私もその一員か。なんてね。
「ふん、訴えだけでは何もならんな! とにかく! そのような事実はなかった!」
「その言葉、本当で?」
「もちろんだ! なぜなら聞いていないのだからな!」
聞いていない。知らなかった。部下がやりました。
政治家の汚職の逃げ道の常套句ね。
でも知ってる?
それって裏を返せば、“決定的な証拠がある場合、諸刃の刃になる”ってこと。
「ジュエリ男爵は群衆がここに押し寄せたのは知らなかった。なぜならそのようなことは起きなかったから。だから罪はない。そう言っている。皆さんお聞きになりました?」
「な、なんだ。一体」
「男爵、私のお友達を紹介させていただきますわ。ダウンゼン・ドーン。平民です」
「なっ……なんだと? いや、だからどうしたというのだ!?」
ジュエリ男爵はどこか余裕をなくしたように、体をぶるんと震わせる。
「お、おい。エリ、それは――」
「しっ。あんたは黙ってて」
ダウンゼンを黙らせたら、小さく深呼吸してジュエリ男爵に再び視線を戻す。
「どうしたもこうしたも。彼が納めてくれたのですよ。群衆のデモを」
「な……」
「つまり彼は完全な生き証人。これ以上ない、中央区に平民の群衆が入り込んだことを示す証。さて、男爵。あなたはさっきなんとおっしゃりましたか? 知らないと。そんなことはなかったと。ですが実際に事件は起きていて、その証人はここに存在している。さてさて、ではこの責任はどこに行くのでしょう?」
「ち、違う! その男! その男が嘘を言っている! そもそも、その男は平民なのだろう!? ならきゃつらの一味で、私を陥れるために嘘を――」
「そんなわけないじゃない」
てか今の彼の言葉。もう認めちゃってるってことじゃない?
「だって彼は私が来てほしいと呼んだのだから。カシュトルゼ家の別ルートを使って。それで私の屋敷に来た時に、群衆がいるってことで説得して返したのよ。だから彼は私の恩人」
「エリ……おぎょっ!!」
ダウンゼンが調子に乗ってそうな声を出してたので、かかとで足を踏んづけておいた。
全部嘘だっての。
「し、しかし! 私は報告を受けていないのだ! 受けていないのだから、それはもう、私の責任ではない! 報告しなかった者が悪いのだ!」
おっと、ここでさらに責任転嫁で自分の罪をなくそうと。ほんとクズね。クズなくらいに、政治家としてはふさわしい。
ということはアレね。前パパの教え。『政治家を敵に回したなら、徹底的に潰せ。さもないと復活して背後から襲われる』と。
ま、もとから手加減してやるつもりはないけど。
「それはもう。現場の責任は大きいでしょう」
「そ、そうだ! だから私は悪く――」
「ですがそれを管理するのも上に立つ者の義務。高貴な者の責務とでもいいましょうか。そもそも至高の座にある我らが王を守るためのこの中央区。それをまともに警備できない無能な長など無用。国王陛下もきっとそれを望まれるでしょう」
「…………ぁ」
あら、言葉を失くしてしまったみたいね。さて、これまででも十分だけど、もう一押し。やるならやるべきか。
だが、このジュエリ男爵は私の予想を超えての愚か者だった。
「こ、この者たちを捕縛せよ! 衛兵! 中央首都警備隊! 全員集合! この逆賊どもを捕まえるのだ!!」
ジュエリ男爵がヒステリックに叫ぶ。
その命令は当然、彼の部下に伝達され実行された。もちろん最初は戸惑った。当然だ。私は一応、この国のトップの娘。何かあれば責任を取られるのは捕縛にかかわった人たちだ。それが彼らを躊躇させる。
「早くしろ! それとも貴様が『地下』に行くか!?」
だがそれを取り払ったのはジュエリ男爵だ。『地下』が何かは知らないけど、それだけで衛兵の顔色が変わった。それは恐怖から腹をくくった男の顔だ。
あらら、ちょっと追い詰めすぎちゃったかなぁ。
前からは衛兵が。そして呼子によって周囲からバタバタと駆けつけてくるのは、本来この中央区を警備するための兵たち。全身を覆う鎧に、ランス型の武器と威圧感は超一級。
「お、おいエリ! ヤバいぜ!」
「くっ。まさかこのような愚かな行動に出るとは」
ダウンゼンとクロイツェルが私を挟んで守ろうとするが、すでに周囲を包囲されてどうしようもない。
30の貴族たちも恐慌状態で、泣きわめいたり叫んだりうるさい限り。
「ふはははは! どうだ、今なら泣いて土下座すれば許してやるぞ!」
さらにうるさい男爵さん。
やれやれ。どうしてこういう人って、有利な状況になると居丈高にふんぞり返ってうるさくなるのかしら。
私?
私はいつもと変わらないわ。
たとえ相手が“勘違い”で悦にいってるとしても、こちらが圧倒的有利だとしても。微笑みは絶やさず、優雅にことを進めるだけ。
表情は表に出さず、腹の中であざ笑ってやる。
そう、今のように。
さぁ、反撃の幕を開けましょう。慎みやかに。厳かに。そして、激しく。
なるだけ“皮肉に聞こえるよう”精一杯の笑みと精一杯の棒読みで語り掛ける。
「ふん、カシュトルゼの娘か」
「ええ、カシュトルゼ“公爵”の娘です、ジュエリ“男爵”」という風に返したいのをグッと我慢して、私は笑みを深くする。
どうせバックにはガーヒルがついてるから少し強気で来れるのだろう。いざとなったら切り捨てられるのに。哀れね。そう思えば憐憫の情も湧いてくるわ。
「なんだその、人を見下したような顔は!」
「いえ、別に。これが私の普通ですので」
「あー、確かに」
「いえ、それが魅力的なんですよ」
味方から援護攻撃を受けたので、睨みつけてやった。
まったく、ダウンゼンにクロイツェルの2人ときたら。
「ふん、あまり調子に乗るなよ。親の威を借りる狐め」
パンパンな腹を揺すりながら、ふてぶてしく笑うジュエリ男爵。あ、うん。やっぱ生理的に無理ね。
だから憐憫すらも薄れていく。
「なにも借りていませんが? 私は私として、今ここに立っているのですから」
「ああ言えばこう言う」
「ただ事実を述べただけですが?」
「そうやって煙に巻く方法。父親そっくりだな」
「別に煙に巻いていません。そしてそれは父を、侮辱すると受け取ってもよろしいので?」
「どうしてそうなる。一体何を聞いていたのだ」
声色に険が混じり、苛立っているのが良く分かる。
この程度で感情を表に出すなんて、本当に器が知れるものよ。
『感情はなるだけ表に出さないように。敵に付け込まれるからね。悲しい時に笑い、嬉しい時に泣く。そうすれば相手に腹の内を見せることなく、交渉を優位に進められるからね』
前パパはそう笑顔で言って言っていたけど……あれって悲しかったってことかしら?
「で? 何の用だ?」
「これはこれは。何の用とはずいぶん悠長な。お話は先ほどお伝えしましたが?」
「小娘が喚き散らすこと、聞こえるものでもないわ」
「それは大変です。難聴は重大な病気。どうでしょう、今すぐご領地にお戻りになって静養なさるのは」
「私を馬鹿にする気か!」
「バカにしてるのはそっちでしょう」
「なにっ!!」
「陛下のおわすこの中央区に、許可のない平民の集団が入り込んだのです。これは立派な違反。何より警備の怠慢、不始末! いったいどう責任をお取りするつもりで?」
「何を言うかと思えば……そのような報告は受けていない!」
「お認めにならないと?」
「認めるも何もない。そんなことが起きたという事実はないのだろう」
「ここにいる被害を受けた皆さんがその証人ですが」
「そーだそーだ!」「あの群衆、一歩間違えれば私の屋敷まで……」「ああ、恐ろしい」
被害、といってもただ単に家の前を通行されただけなのにこの怯えよう。本当、特権階級ってのは……あ、私もその一員か。なんてね。
「ふん、訴えだけでは何もならんな! とにかく! そのような事実はなかった!」
「その言葉、本当で?」
「もちろんだ! なぜなら聞いていないのだからな!」
聞いていない。知らなかった。部下がやりました。
政治家の汚職の逃げ道の常套句ね。
でも知ってる?
それって裏を返せば、“決定的な証拠がある場合、諸刃の刃になる”ってこと。
「ジュエリ男爵は群衆がここに押し寄せたのは知らなかった。なぜならそのようなことは起きなかったから。だから罪はない。そう言っている。皆さんお聞きになりました?」
「な、なんだ。一体」
「男爵、私のお友達を紹介させていただきますわ。ダウンゼン・ドーン。平民です」
「なっ……なんだと? いや、だからどうしたというのだ!?」
ジュエリ男爵はどこか余裕をなくしたように、体をぶるんと震わせる。
「お、おい。エリ、それは――」
「しっ。あんたは黙ってて」
ダウンゼンを黙らせたら、小さく深呼吸してジュエリ男爵に再び視線を戻す。
「どうしたもこうしたも。彼が納めてくれたのですよ。群衆のデモを」
「な……」
「つまり彼は完全な生き証人。これ以上ない、中央区に平民の群衆が入り込んだことを示す証。さて、男爵。あなたはさっきなんとおっしゃりましたか? 知らないと。そんなことはなかったと。ですが実際に事件は起きていて、その証人はここに存在している。さてさて、ではこの責任はどこに行くのでしょう?」
「ち、違う! その男! その男が嘘を言っている! そもそも、その男は平民なのだろう!? ならきゃつらの一味で、私を陥れるために嘘を――」
「そんなわけないじゃない」
てか今の彼の言葉。もう認めちゃってるってことじゃない?
「だって彼は私が来てほしいと呼んだのだから。カシュトルゼ家の別ルートを使って。それで私の屋敷に来た時に、群衆がいるってことで説得して返したのよ。だから彼は私の恩人」
「エリ……おぎょっ!!」
ダウンゼンが調子に乗ってそうな声を出してたので、かかとで足を踏んづけておいた。
全部嘘だっての。
「し、しかし! 私は報告を受けていないのだ! 受けていないのだから、それはもう、私の責任ではない! 報告しなかった者が悪いのだ!」
おっと、ここでさらに責任転嫁で自分の罪をなくそうと。ほんとクズね。クズなくらいに、政治家としてはふさわしい。
ということはアレね。前パパの教え。『政治家を敵に回したなら、徹底的に潰せ。さもないと復活して背後から襲われる』と。
ま、もとから手加減してやるつもりはないけど。
「それはもう。現場の責任は大きいでしょう」
「そ、そうだ! だから私は悪く――」
「ですがそれを管理するのも上に立つ者の義務。高貴な者の責務とでもいいましょうか。そもそも至高の座にある我らが王を守るためのこの中央区。それをまともに警備できない無能な長など無用。国王陛下もきっとそれを望まれるでしょう」
「…………ぁ」
あら、言葉を失くしてしまったみたいね。さて、これまででも十分だけど、もう一押し。やるならやるべきか。
だが、このジュエリ男爵は私の予想を超えての愚か者だった。
「こ、この者たちを捕縛せよ! 衛兵! 中央首都警備隊! 全員集合! この逆賊どもを捕まえるのだ!!」
ジュエリ男爵がヒステリックに叫ぶ。
その命令は当然、彼の部下に伝達され実行された。もちろん最初は戸惑った。当然だ。私は一応、この国のトップの娘。何かあれば責任を取られるのは捕縛にかかわった人たちだ。それが彼らを躊躇させる。
「早くしろ! それとも貴様が『地下』に行くか!?」
だがそれを取り払ったのはジュエリ男爵だ。『地下』が何かは知らないけど、それだけで衛兵の顔色が変わった。それは恐怖から腹をくくった男の顔だ。
あらら、ちょっと追い詰めすぎちゃったかなぁ。
前からは衛兵が。そして呼子によって周囲からバタバタと駆けつけてくるのは、本来この中央区を警備するための兵たち。全身を覆う鎧に、ランス型の武器と威圧感は超一級。
「お、おいエリ! ヤバいぜ!」
「くっ。まさかこのような愚かな行動に出るとは」
ダウンゼンとクロイツェルが私を挟んで守ろうとするが、すでに周囲を包囲されてどうしようもない。
30の貴族たちも恐慌状態で、泣きわめいたり叫んだりうるさい限り。
「ふはははは! どうだ、今なら泣いて土下座すれば許してやるぞ!」
さらにうるさい男爵さん。
やれやれ。どうしてこういう人って、有利な状況になると居丈高にふんぞり返ってうるさくなるのかしら。
私?
私はいつもと変わらないわ。
たとえ相手が“勘違い”で悦にいってるとしても、こちらが圧倒的有利だとしても。微笑みは絶やさず、優雅にことを進めるだけ。
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