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25話 反撃の策謀
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前にジュエリ男爵とその衛兵10人。
左右、そして後ろに取り囲むようにするのは彼の部下。警備隊の面々が30人ほど。
もはや30人の貴族たちはすっかり観念してしまったようで、その場でへたりこんだり呆然と突っ立ったりするだけ。泣きわめき叫んで暴れられるよりはマシかな。情けないけど。
ただこの2人は違った。
「くっ、エリーゼ様。ここは逃げましょう! おいそこの平民。エリーゼ様が逃げる時間を稼げ」
「ほぅ? エリを逃がすのは賛成だが、その稼ぐ時間に、てめぇを逃がす時間も入ってねぇよな?」
「当然だろう。私は貴族である以前にエリーゼ様の婚約者。こんなところで果てていいものではない」
「ほぉぉぉぅ? 喧嘩売ってんだな? エリと婚約すんのは俺様だってこと、知らねぇようだな?」
「妄言は寝てからいいたまえ。それとも怪しい薬物にでも手を出したか?」
「よし、買った! その喧嘩! てめぇ表出やがれ!」
「ここはもう表だが? そんなことも分からないとは。それに私は荒事は苦手でね。だから君に任せた。そういうの得意そうだろう?」
「て、てめぇ……」
「くはは、仲間割れか! 無駄無駄! もはやその小娘が泣き喚いて謝罪しない限りは貴様らは『地下』行きだ!! いや、もはや謝っても許さぬ! 貴様らは一生飼い殺しにして、わしに逆らった愚かさを悔やみながら衰弱死させてやる!!」
なんかよく分からない口喧嘩をするクロイツェルとダウンゼン。
その様子を見て哄笑するジュエリ男爵。
はぁ。まったく。
何をやってるんだか。味方も、敵も。
こんな茶番がクライマックス、大団円への前奏曲だと勘違いしている。
その愚かさを、笑う。嗤う。さぁ、哂え。
「本当」
私は右手を挙げる。
すらりと伸びたエリの美しい指。それが天を指し、私の意のままに動く。
それを見た誰もがピタリと止まる。
この期に及んで何をするのか。一瞬、注目が集まる。
だから――
「バカね、男って」
「あ?」
私の策が発動する。
パチンと指を鳴らす。
するとこれまで私たちにその矛を向けて囲んでいた警備兵たちが、その先を天に向けたかと思うと、そのまま包囲を解いて今度はジュエリ男爵の屋敷の門前に殺到。勝利を確信していたジュエリ男爵の周囲にいた衛兵全員を一撃のもとに打倒し、制圧するとジュエリ男爵を囲むように展開する。
そして最後に門をくぐった男。
銀の鎧に赤いマントを羽織った偉丈夫。警備隊の隊長だと誰もが一目でわかるその装束に、たくましい髭を生やしたダンディーなおじ様。
確か名前はグルートルさん。
グルートル隊長はつかつかとジュエリ男爵のもとへと向かう。
それを誰もが不審、というより何が起きているのか分からず眺めている。
ジュエリ男爵も、笑顔を凍らせて、表情だけでなく全身も凍らせて隊長が目の前まで来るのを眺めているだけだった。
そんなジュエリ男爵に対し、グルートルはかかとを鳴らして静止すると、おごそかに告げた。
「ジュエリ男爵、ご同行願いましょうか」
「な、なななな……なにをしている! 捕まえるのはあちらの方だ!」
「残念ながらカシュトルゼ様には逮捕する罪状が見当たらないのです」
「バカな! こんな徒党を組んで、わしの屋敷に乗り込んできて……それが罪にならないというのか!? 平民が押し寄せたなど嘘をついてわしを嵌めようとするなど、神をも恐れぬ所業! かのクソガキを捕まえて拷問にしなければ気が済まん!」
「はて、なんのことでしょうか?」
「な、何が、だと? こやつらは徒党を、そう、騒乱罪だ! 都を貶める反逆、そう、反逆罪! それと、えぇと、そう、わし! 貴族を侮辱する侮辱罪! それをやつはやったのだ!」
「なるほど、それが罪状なのですね」
「うむ! そうだ! だからさっさとあのガキを捕まえろ!」
「分かりました。ではその罪状――騒乱罪に反逆罪、貴族様をけなした侮辱罪にてジュエリ男爵を逮捕いたします」
「だからなぜだ!? こいつらは、徒党を組んで押し入ったのだぞ!?」
「いえ、違います」
「な、なにがだ!?」
「カシュトルゼ様は何も騒乱罪に値することはしておりません。むしろ協力していただいたのですよ」
「きょ、協力? だ、だから騒乱だろう!?」
「いえ、違います。国家反逆罪に当たる罪人を逃さぬために時間稼ぎをしてもらったのです。罪人を屋敷から出さないために」
「あ……」
「それに、証拠もあるのですよ。ここに、私たちへの“命令書”が」
「…………」
ジュエリ男爵が茫然とした様子で反論を、思考を、すべてを止めてしまった。
ああ、なんて哀れ。でも同情はしませんわ。
だって、こうしなかったら今頃私たちがあっちの立場になっていたんだから。
相手は剣を抜いた。それなのに追い詰められたら許してくれなんて、そんな甘い現実。ありえるわけがない。
誰かが言った。撃っていいのは撃たれる覚悟のある者のみだと。
だから私は同情しない。助命もしない。
覚悟をして、相手に引き金を引く。
パァン
手を打ち鳴らし、前へ出る。
「パーフェクトですわ。ムッシュ・グルートル」
「いえ、こちらこそご協力感謝いたします、カシュトルゼ様」
グルートル隊長が慇懃に頭を下げる。
うぅん。この渋くて従順なさま。これもまた良しね。
「な、な、な、なにを……ま、まさか貴様!!」
わなわなと体を震わせるジュエリ男爵。
ほんの数分前までの圧倒的優位に対する哄笑。その姿を今のこの男に見せてあげたい。ねぇ、今どんな気持ち? って。
いえ、ここはもう最後の仕上げ。
だから精一杯、彼に敗北を教えて差し上げましょう。
徹底的な敗北を。そうしないと、復讐が怖いですから。心をへし折らせていただきますわ。
「ええ、仕組ませていただきました」
そう言って、出来る限り見下すように、微笑みを浮かべて私は言った。
左右、そして後ろに取り囲むようにするのは彼の部下。警備隊の面々が30人ほど。
もはや30人の貴族たちはすっかり観念してしまったようで、その場でへたりこんだり呆然と突っ立ったりするだけ。泣きわめき叫んで暴れられるよりはマシかな。情けないけど。
ただこの2人は違った。
「くっ、エリーゼ様。ここは逃げましょう! おいそこの平民。エリーゼ様が逃げる時間を稼げ」
「ほぅ? エリを逃がすのは賛成だが、その稼ぐ時間に、てめぇを逃がす時間も入ってねぇよな?」
「当然だろう。私は貴族である以前にエリーゼ様の婚約者。こんなところで果てていいものではない」
「ほぉぉぉぅ? 喧嘩売ってんだな? エリと婚約すんのは俺様だってこと、知らねぇようだな?」
「妄言は寝てからいいたまえ。それとも怪しい薬物にでも手を出したか?」
「よし、買った! その喧嘩! てめぇ表出やがれ!」
「ここはもう表だが? そんなことも分からないとは。それに私は荒事は苦手でね。だから君に任せた。そういうの得意そうだろう?」
「て、てめぇ……」
「くはは、仲間割れか! 無駄無駄! もはやその小娘が泣き喚いて謝罪しない限りは貴様らは『地下』行きだ!! いや、もはや謝っても許さぬ! 貴様らは一生飼い殺しにして、わしに逆らった愚かさを悔やみながら衰弱死させてやる!!」
なんかよく分からない口喧嘩をするクロイツェルとダウンゼン。
その様子を見て哄笑するジュエリ男爵。
はぁ。まったく。
何をやってるんだか。味方も、敵も。
こんな茶番がクライマックス、大団円への前奏曲だと勘違いしている。
その愚かさを、笑う。嗤う。さぁ、哂え。
「本当」
私は右手を挙げる。
すらりと伸びたエリの美しい指。それが天を指し、私の意のままに動く。
それを見た誰もがピタリと止まる。
この期に及んで何をするのか。一瞬、注目が集まる。
だから――
「バカね、男って」
「あ?」
私の策が発動する。
パチンと指を鳴らす。
するとこれまで私たちにその矛を向けて囲んでいた警備兵たちが、その先を天に向けたかと思うと、そのまま包囲を解いて今度はジュエリ男爵の屋敷の門前に殺到。勝利を確信していたジュエリ男爵の周囲にいた衛兵全員を一撃のもとに打倒し、制圧するとジュエリ男爵を囲むように展開する。
そして最後に門をくぐった男。
銀の鎧に赤いマントを羽織った偉丈夫。警備隊の隊長だと誰もが一目でわかるその装束に、たくましい髭を生やしたダンディーなおじ様。
確か名前はグルートルさん。
グルートル隊長はつかつかとジュエリ男爵のもとへと向かう。
それを誰もが不審、というより何が起きているのか分からず眺めている。
ジュエリ男爵も、笑顔を凍らせて、表情だけでなく全身も凍らせて隊長が目の前まで来るのを眺めているだけだった。
そんなジュエリ男爵に対し、グルートルはかかとを鳴らして静止すると、おごそかに告げた。
「ジュエリ男爵、ご同行願いましょうか」
「な、なななな……なにをしている! 捕まえるのはあちらの方だ!」
「残念ながらカシュトルゼ様には逮捕する罪状が見当たらないのです」
「バカな! こんな徒党を組んで、わしの屋敷に乗り込んできて……それが罪にならないというのか!? 平民が押し寄せたなど嘘をついてわしを嵌めようとするなど、神をも恐れぬ所業! かのクソガキを捕まえて拷問にしなければ気が済まん!」
「はて、なんのことでしょうか?」
「な、何が、だと? こやつらは徒党を、そう、騒乱罪だ! 都を貶める反逆、そう、反逆罪! それと、えぇと、そう、わし! 貴族を侮辱する侮辱罪! それをやつはやったのだ!」
「なるほど、それが罪状なのですね」
「うむ! そうだ! だからさっさとあのガキを捕まえろ!」
「分かりました。ではその罪状――騒乱罪に反逆罪、貴族様をけなした侮辱罪にてジュエリ男爵を逮捕いたします」
「だからなぜだ!? こいつらは、徒党を組んで押し入ったのだぞ!?」
「いえ、違います」
「な、なにがだ!?」
「カシュトルゼ様は何も騒乱罪に値することはしておりません。むしろ協力していただいたのですよ」
「きょ、協力? だ、だから騒乱だろう!?」
「いえ、違います。国家反逆罪に当たる罪人を逃さぬために時間稼ぎをしてもらったのです。罪人を屋敷から出さないために」
「あ……」
「それに、証拠もあるのですよ。ここに、私たちへの“命令書”が」
「…………」
ジュエリ男爵が茫然とした様子で反論を、思考を、すべてを止めてしまった。
ああ、なんて哀れ。でも同情はしませんわ。
だって、こうしなかったら今頃私たちがあっちの立場になっていたんだから。
相手は剣を抜いた。それなのに追い詰められたら許してくれなんて、そんな甘い現実。ありえるわけがない。
誰かが言った。撃っていいのは撃たれる覚悟のある者のみだと。
だから私は同情しない。助命もしない。
覚悟をして、相手に引き金を引く。
パァン
手を打ち鳴らし、前へ出る。
「パーフェクトですわ。ムッシュ・グルートル」
「いえ、こちらこそご協力感謝いたします、カシュトルゼ様」
グルートル隊長が慇懃に頭を下げる。
うぅん。この渋くて従順なさま。これもまた良しね。
「な、な、な、なにを……ま、まさか貴様!!」
わなわなと体を震わせるジュエリ男爵。
ほんの数分前までの圧倒的優位に対する哄笑。その姿を今のこの男に見せてあげたい。ねぇ、今どんな気持ち? って。
いえ、ここはもう最後の仕上げ。
だから精一杯、彼に敗北を教えて差し上げましょう。
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そう言って、出来る限り見下すように、微笑みを浮かべて私は言った。
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