なぜか私だけ、前世の記憶がありません!

紺野想太

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私の好きなもの

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「ではお嬢様。採寸させていただきます。」

「は、はい。よろしくお願いします…!」


多くの針子さんに囲まれて、私の体はマネキンのようにカチカチになってしまっている。
採寸なんて初めてだわ。とっても大掛かりなのね…!


「お嬢様?リラックスしてくださって大丈夫ですよ。すぐに終わりますからね。」

「はい…すみません、緊張しちゃって…。」

「いえ、初めてのことは緊張しますわよね。では…この採寸のあと、生地やデザインを選んでいただくことになるので、どのようなものがお好きか考えてみるのはいかがですか?」

「好き…?」

「えぇ。お嬢様のライラックのような淡く繊細な髪色でしたら寒色系がお似合いかしら。でも瞳ははちみつをまとわせたようなローズレッドでいらっしゃるから、きっと暖色も素敵だわ。…お嬢様は何をお召しになられてもお綺麗なレディーですもの。せっかくならお好きなものを選ばれたほうが気持ちが良いでしょう?」


好きなもの。好きなもの、なんて、考えたことがなかった。
持っていたドレスに特別愛着は無かったし、ぬいぐるみのようなものも持っていない。
それに、私の髪と目はハルトマン家の子供らしくない、出来損ないの色だと乳母に言われ続けていたから、まだあまり好きになれない。

ハルトマン家の血を継ぐ子は、鉄紺の髪にアイスブルーと琥珀の瞳をもつとされている。もちろん母方の血も混ざるから全員がそうというわけではないけど、じゃない子は優秀な血が薄い出来損ないなのだ。そして私は、お母様の色が強く出た。お母様のことは大好きだけど、でも……。


好きって難しいわ。単純に、好きなものは好きだと分かればいいのに。好きだったはずのものとか、好きになりたかったものとか…。私以外の色んなものが絡まって、簡単なはずの「好き」が見えなくなってしまったのかしら。

好きなご飯ならすぐ思いつくのにな。今日食べたものは全部好き。全部美味しかったから、たぶん、好きだと思う。…それに、ご飯は、私が何をどう好きでも誰にも迷惑をかけないもの。
だけどドレスはセンスが悪かったら笑われてしまうし、もし気軽に選んだものがとても高かったら申し訳ないし……。きっと、「好き」だけじゃダメなこともある。だから余計に難しいわ。

でも、あまりに悩みすぎて困らせてしまうのは嫌だから、お父様たちに聞いてみようかしら。




「……さぁ、採寸は終わりました。ただいま侯爵様方をこちらにご案内いたしますわ。カタログも置いておきますので、ごゆっくりお選びくださいませ。」

「はい、ありがとうございました…。」

「とんでもございません。」


針子さんたちが一旦退席して、お父様たちが部屋に入ってくる。
お兄様とクラウシー様はまだ何か言い合っているみたい。それに……

「やぁ、リア。ドレスを仕立てるんだって?僕も一緒に見ていいかな。」

「フ、フロリアン様…!」

クラウシー様とはまた違った優しい微笑みのフロリアン様もいつの間にか来ていた。

そしてみんな、当たり前のようにテーブルの上のカタログを覗き込みはじめた。


……もしかして、選んでもらえるのかしら。
そうだったならいいな…。きっと私が自分で選ぶよりも似合うものを選んでくれるもの。

「リア?来なさい。」

「は、はい!」

お父様に呼ばれて、私もカタログを覗く。
そこには、見たことも無いような色とりどりの素敵なドレスがたくさんあった。好き、を考える余裕などないくらい、私は見入ってしまった。

「リア?」

お父様に呼ばれてハッとする。
お父様の手元には、おそらくカタログの中で1番高額であろう真っ白なドレス。ほかのドレスは片面に収まっているのに、これだけは見開きいっぱいを使って細かい部分まで描かれている。…きっと、私が何を選んでもこれより高いものはないわ。お父様が手を止めるのは明らかに高価なドレスばかりだし…真剣に自分で考えなくちゃいけなくなったのかもしれない。

私は深呼吸しながらゆっくり2回瞬きをして、気合いを入れ直してカタログに向き合った。


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