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第一章 カラス色の聖女
領主夫人のお招き3
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宿屋を出ると、つい先ほど見た時と変わらない場所に黒い馬車が停まっていた。艶やかな車体とそれを彩る繊細な金細工からして、上等な馬車である事は素人目で見てもすぐに分かった。
マーレイが馬車の扉を開けると、そのまま流れるような動作でスマートに小鳥へと手を差し伸べる。
「小鳥様、お手をどうぞ」
「…ありがとうございます」
差し伸べられた手に一瞬固まった小鳥であったが、すぐに何事もなかったかのように取り繕い、マーレイの手を取ると馬車へと乗り込んだ。
小鳥に続いて馬車へと乗るリュカは、マーレイの手を借りずにひょいと飛ぶように軽い動作で乗り込んできた。そのまま小鳥の向かい側の席ではなく隣の席へと腰を下ろす。
「この町から二時間ほどで屋敷に着きますので、どうぞ到着までごゆっくりお過ごし下さい」
パタンと扉を閉めるとマーレイは御者台に上がっていき、程なくして馬車がゆっくりと動き始めた。
「小鳥は領主の屋敷に行ってどうするつもりなの?」
「うーん。とりあえず、ナターリエさんに仕事の斡旋をお願いしようかなと思ってる。私に出来る仕事が何かあればいいんだけどね…」
「仕事かぁ……。小鳥は騎士団に何か繋がりがあるんじゃないの?そっちの伝手は使わないの?」
リュカのその言葉に、小鳥はなんと答えればいいのかと言葉に詰まってしまう。
小鳥には騎士団に伝手などはない。騎士団長のカレンリードとは色々とあったものの、短い時間しか共にしておらず、繋がりというほどのものなど作れていないのだ。
それなのに何故かカレンリードのマントが小鳥の元にある。
(なんであの森にカレンリード様がいたんだろう?)
カレンリードへの疑問がふつふつと湧いてきたが、今は関係のない事だと小鳥は思考を切り替える。
「私に騎士団との繋がりなんてないよ。それにこのマントについては私もよく分からないの。目が覚めたらいつの間にか掛かってたというか何というか……」
小鳥は膝に置いた畳んだマントを一撫でする。このマントがなければ、ボロボロの神殿の服で町を目指さなければならなかったのだ。何故このマントが小鳥の元にあるのかは分からないが、町まで来るのに大変役に立った。
「そういえば、小鳥はなんで神殿の人間にあんな事されてたの?あそこの悍しい空気からして生贄を何人も使っていたんだろうけど、小鳥がなんで生贄として選ばれたのか分からないんだ」
「なんで私が生贄として選ばれたのか、はっきりとした理由は私にも分からない。でも、魔力も腕力もないからあの場所に連れて行くにはちょうど良かったのかもね」
(アンジェリカが言ってたもの。無力だからこそ狙いやすいって。でもなんで聖女としても力不足の私なんかを選んだのだろ?)
小鳥はリュカにどこまで話していいのか考える。異世界から召喚されたという事は黙っていた方がいいのだろうか。聖女と呼ばれた事についてなら話しても大丈夫なのであろうか。
しばしの逡巡の後、小鳥は少しだけ聞いてみる事に決めた。
「リュカは聖女って存在は知ってる?」
「知ってるよ。最近はかなり減ってきてるね」
「もし、私が聖女かもしれないって言ったらどうする?」
うーん、とリュカは考えるようにこてんと小首を傾げると、浅葱色の三つ編みと真っ白なリボンが揺れた。
「そうであっても不思議ではないんだけど、小鳥には聖女と呼ばれるための資質が足りないんだよね。これだけ精霊に愛されていて季節の加護もあるのに。もしかすると、その資質がまだ隠されているんじゃないかな?」
リュカにもカレンリードにも言われた事だ。何かによって小鳥が隠されてる、と。
小鳥の真っ黒だった瞳も今は淡い空色だ。隠すための守護が取れたためそのように変化したというのならば、この先まだ残されている守護が取れれば、聖女としての力に目覚めるのだろうか。
「聖女としての資質って何?魔力の強さとか光の属性?」
「どちらも必要だけど、それよりも精霊とか神々に愛される素質が一番必要なんだよ。小鳥は魔力と属性だけが足りてない状態だね」
「私に魔力と属性はまるっきりないものね……。精霊がいる事は習ったけど、神様って本当に存在しているの?信仰上だけの存在とかではなくて?」
「神は存在しているよ。ボクらが会う事はないけどね。神々のおかげで季節が巡ってるし、季節の変わり目にその気配を感じる事もあるよ」
こちらの世界では本当に神様が存在していると言う。無宗教の小鳥はこれまで信仰上のものだと思っていたし、その存在を感じた事などなかったがリュカにはそれが分かるらしい。
(魔術があって妖精もいる世界だもの。神様がいて季節を動かしていても不思議じゃないのかも)
「神に近いのは精霊と竜だね。彼らは季節の運行の手助けをしたりもしてるらしいよ。ボクも詳しくは知らないけどね」
「リュカは十分詳しいよ。私はリュカの知識の一割も持ってないと思う…。色々と覚えなきゃいけない事が沢山ありそうでなんだか不安だわ……」
「大丈夫!分からない事があっても少しずつ覚えていけばいいんだよ。小鳥はまだまだ若いんだからね」
「ふふ、リュカの方がもっと若いけどね」
こちらの世界で気になった事などをリュカな聞きながら、ガタゴトと馬車に揺られのどかな道を進んで行った。
草原と畑が広がっていた景色は少しずつ移り変わっていき、森を通り抜け小さな農村を通り過ぎる。そのまま真っ直ぐ馬車を走らせると大きな門が見えてきた。
(着いたのかしら?でもお家が見えない…)
鉄で出来た大きな門から見えるのは綺麗に整えられた道だ。その道の横には背の高い木が等間隔で植えられている。
御者かマーレイが何かの魔術を使ったのか、自動で門が開くと小鳥を乗せた馬車は門をくぐり抜けて進んで行く。そのまま十分ほど進むとようやく大きな屋敷が見えてきた。
「すごい…大きなお屋敷……」
辿り着いた屋敷は小鳥が想像していたものよりもずっと立派な屋敷であった。大きな噴水の水は日の光を受けて煌めき、美しく整えられた庭園には妖精と思われる光がふわりと舞っている。
馬の小さな嘶きが聞こえると、来客用の正面玄関の前でゆっくりと馬車が止まった。
「お疲れ様でした。到着でございます」
馬車の扉が開くと、乗る時と同じようにマーレイの手を取り馬車のステップを降りる。目の前の玄関へと顔を向ければ、昨日見た顔が小鳥たちを出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、小鳥さん。馬車に疲れてはいないかしら?」
「ナターリエさん!お怪我は大丈夫でしたか?」
「ええ。小鳥さんが迅速に馬車を手配してくれたおかげよ。昨日は本当にありがとう。さあ、立ち話もなんですからどうぞお入りになって?」
ナターリエのその言葉で玄関の扉を侍女が大きく開けると、屋敷の中へと小鳥とリュカを招き入れた。
マーレイが馬車の扉を開けると、そのまま流れるような動作でスマートに小鳥へと手を差し伸べる。
「小鳥様、お手をどうぞ」
「…ありがとうございます」
差し伸べられた手に一瞬固まった小鳥であったが、すぐに何事もなかったかのように取り繕い、マーレイの手を取ると馬車へと乗り込んだ。
小鳥に続いて馬車へと乗るリュカは、マーレイの手を借りずにひょいと飛ぶように軽い動作で乗り込んできた。そのまま小鳥の向かい側の席ではなく隣の席へと腰を下ろす。
「この町から二時間ほどで屋敷に着きますので、どうぞ到着までごゆっくりお過ごし下さい」
パタンと扉を閉めるとマーレイは御者台に上がっていき、程なくして馬車がゆっくりと動き始めた。
「小鳥は領主の屋敷に行ってどうするつもりなの?」
「うーん。とりあえず、ナターリエさんに仕事の斡旋をお願いしようかなと思ってる。私に出来る仕事が何かあればいいんだけどね…」
「仕事かぁ……。小鳥は騎士団に何か繋がりがあるんじゃないの?そっちの伝手は使わないの?」
リュカのその言葉に、小鳥はなんと答えればいいのかと言葉に詰まってしまう。
小鳥には騎士団に伝手などはない。騎士団長のカレンリードとは色々とあったものの、短い時間しか共にしておらず、繋がりというほどのものなど作れていないのだ。
それなのに何故かカレンリードのマントが小鳥の元にある。
(なんであの森にカレンリード様がいたんだろう?)
カレンリードへの疑問がふつふつと湧いてきたが、今は関係のない事だと小鳥は思考を切り替える。
「私に騎士団との繋がりなんてないよ。それにこのマントについては私もよく分からないの。目が覚めたらいつの間にか掛かってたというか何というか……」
小鳥は膝に置いた畳んだマントを一撫でする。このマントがなければ、ボロボロの神殿の服で町を目指さなければならなかったのだ。何故このマントが小鳥の元にあるのかは分からないが、町まで来るのに大変役に立った。
「そういえば、小鳥はなんで神殿の人間にあんな事されてたの?あそこの悍しい空気からして生贄を何人も使っていたんだろうけど、小鳥がなんで生贄として選ばれたのか分からないんだ」
「なんで私が生贄として選ばれたのか、はっきりとした理由は私にも分からない。でも、魔力も腕力もないからあの場所に連れて行くにはちょうど良かったのかもね」
(アンジェリカが言ってたもの。無力だからこそ狙いやすいって。でもなんで聖女としても力不足の私なんかを選んだのだろ?)
小鳥はリュカにどこまで話していいのか考える。異世界から召喚されたという事は黙っていた方がいいのだろうか。聖女と呼ばれた事についてなら話しても大丈夫なのであろうか。
しばしの逡巡の後、小鳥は少しだけ聞いてみる事に決めた。
「リュカは聖女って存在は知ってる?」
「知ってるよ。最近はかなり減ってきてるね」
「もし、私が聖女かもしれないって言ったらどうする?」
うーん、とリュカは考えるようにこてんと小首を傾げると、浅葱色の三つ編みと真っ白なリボンが揺れた。
「そうであっても不思議ではないんだけど、小鳥には聖女と呼ばれるための資質が足りないんだよね。これだけ精霊に愛されていて季節の加護もあるのに。もしかすると、その資質がまだ隠されているんじゃないかな?」
リュカにもカレンリードにも言われた事だ。何かによって小鳥が隠されてる、と。
小鳥の真っ黒だった瞳も今は淡い空色だ。隠すための守護が取れたためそのように変化したというのならば、この先まだ残されている守護が取れれば、聖女としての力に目覚めるのだろうか。
「聖女としての資質って何?魔力の強さとか光の属性?」
「どちらも必要だけど、それよりも精霊とか神々に愛される素質が一番必要なんだよ。小鳥は魔力と属性だけが足りてない状態だね」
「私に魔力と属性はまるっきりないものね……。精霊がいる事は習ったけど、神様って本当に存在しているの?信仰上だけの存在とかではなくて?」
「神は存在しているよ。ボクらが会う事はないけどね。神々のおかげで季節が巡ってるし、季節の変わり目にその気配を感じる事もあるよ」
こちらの世界では本当に神様が存在していると言う。無宗教の小鳥はこれまで信仰上のものだと思っていたし、その存在を感じた事などなかったがリュカにはそれが分かるらしい。
(魔術があって妖精もいる世界だもの。神様がいて季節を動かしていても不思議じゃないのかも)
「神に近いのは精霊と竜だね。彼らは季節の運行の手助けをしたりもしてるらしいよ。ボクも詳しくは知らないけどね」
「リュカは十分詳しいよ。私はリュカの知識の一割も持ってないと思う…。色々と覚えなきゃいけない事が沢山ありそうでなんだか不安だわ……」
「大丈夫!分からない事があっても少しずつ覚えていけばいいんだよ。小鳥はまだまだ若いんだからね」
「ふふ、リュカの方がもっと若いけどね」
こちらの世界で気になった事などをリュカな聞きながら、ガタゴトと馬車に揺られのどかな道を進んで行った。
草原と畑が広がっていた景色は少しずつ移り変わっていき、森を通り抜け小さな農村を通り過ぎる。そのまま真っ直ぐ馬車を走らせると大きな門が見えてきた。
(着いたのかしら?でもお家が見えない…)
鉄で出来た大きな門から見えるのは綺麗に整えられた道だ。その道の横には背の高い木が等間隔で植えられている。
御者かマーレイが何かの魔術を使ったのか、自動で門が開くと小鳥を乗せた馬車は門をくぐり抜けて進んで行く。そのまま十分ほど進むとようやく大きな屋敷が見えてきた。
「すごい…大きなお屋敷……」
辿り着いた屋敷は小鳥が想像していたものよりもずっと立派な屋敷であった。大きな噴水の水は日の光を受けて煌めき、美しく整えられた庭園には妖精と思われる光がふわりと舞っている。
馬の小さな嘶きが聞こえると、来客用の正面玄関の前でゆっくりと馬車が止まった。
「お疲れ様でした。到着でございます」
馬車の扉が開くと、乗る時と同じようにマーレイの手を取り馬車のステップを降りる。目の前の玄関へと顔を向ければ、昨日見た顔が小鳥たちを出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、小鳥さん。馬車に疲れてはいないかしら?」
「ナターリエさん!お怪我は大丈夫でしたか?」
「ええ。小鳥さんが迅速に馬車を手配してくれたおかげよ。昨日は本当にありがとう。さあ、立ち話もなんですからどうぞお入りになって?」
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