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11.見張り塔の番人

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 レスターからアルマへ宛てられた荷物のほとんどは服で占められており、質の良い生地に埋もれるようにして、書物や髪飾り、干した果物などが詰め込まれていた。
 アルマは荷物に入っていた町娘が着るような綿のワンピースを身にまとっている。袖は肘の辺りの長さで、作業中に汚してしまう心配もない。

 髪飾りをするほど髪が長くないため、アルマはひとまず眺めるだけに留め、これも荷物に入っていた革靴を手に取る。
 アルマはボロボロに使い古した木靴を脱いだ。墓地で足を保護するためだけに履いていたもので、アルマの足には合わず、履くたびに皮が擦りむけ、血が滲んでいた。
 アルマの血が染み込んだ木靴を、焼却炉へ持っていくものと一緒にまとめる。
 レスターが送ってくれた革靴は、まるでアルマの足に合わせて作られたように、ぴったりと肌に吸いつく。履き心地も申し分なく、至れり尽くせりなこの状況を、少し怖く感じるくらいだった。

 長年を共にした衣服と木靴を手放し、アルマは寂しさと身軽さを併せ持って、カルナを探した。
 カルナは居住館の二階の一室で、ソファと毛布に埋もれるようにして、本を読んでいた。
 部屋の壁一面に作りつけの本棚が並び、きちんと装丁のなされた本が並んでいる。表題を読もうとしたものの、字を習ったことのないアルマでは到底読めそうにもなかった。
 ソファの下には深紅の絨毯が敷かれ、カルナの脱ぎ捨てた靴が転がっている。

 肩から零れた銀髪を鬱陶しそうに跳ね除け、目が一心不乱に文章を追っている様子が窺える。
 まるで絵画のような美しい場面に、アルマはしばし声をかけることも忘れて見入った。
 区切りの良いところまできたのか、カルナがふっと顔を上げる。入口でぼうっと部屋の中を見ていたアルマに気づくと、本を投げ出して靴を履き、大股でアルマに近づいてきた。
 カルナから焼けた肉の香ばしい匂いがして、意図せず腹が鳴る。恥ずかしさでうつむいたアルマを見て、カルナは目を丸くした。

「お前、飯食ってないのか?」

 言われて、記憶を呼び起こす。アルマの記憶が正しければ、村へ下りる前に少しだけ残っていた燕麦パンの切れ端をかじった程度で、ろくな食事は何日もしていなかった。
 周りが目まぐるしく変化していて空腹を自覚する余裕もなかったが、湯浴みをしてぐっすり眠ったことで、忘れていた食欲が戻ってきたらしい。

「ついてこい」と短く言われ、アルマはカルナのあとを追って、階段を下りた。

 そのまま外に出て、砦の外からでも見える見張り塔に近づく。薄い扉を開けると、ひんやりとした冷気が肌を刺した。アルマはワンピース一枚で着てしまったが、カルナはきちんと外套を着込んでいた。
 上に続く階段の横に、跳ね橋のところで見たような大きな鐘が吊り下げられている。カルナが鐘をめいいっぱい三度鳴らすと、すぐに階段を駆け下りてくる足音が響き、薄闇の中からぬっと大男が姿を現した。

「こいつがドルシー。見張り塔の番人として雇っている」

 ドルシーはカルナの紹介を受けても、小さな目でアルマをぼんやりと眺めるだけで、他に一切の動作はなく、言葉も発しない。
 アルマは異様さに圧倒されながら、か細い声で自己紹介をしたが、なおも反応はなかった。

「こいつなんでか知らないが、魔女の呪いにかけられてるようでな。喋りもしないし、感情もない。ま、動く死体みたいなもんだ」
「魔女の呪い……」

 カルナはなんてことないように気楽に言うが、アルマは魔女が本当に存在するとは、まだ信じられなかった。目の前に竜と人の子がいるのだから、魔女もいるだろうとは思うが、どうも実感が伴わない。

「さっきやった鹿、残ってるだろ? こいつに少し食わせてやれ」

 返事はないが、カルナの意図は伝わっている。ドルシーはあっという間に目の前から姿を消し、すぐに鍋を抱えて戻ってきた。
 鍋の中には、こんがりと焼かれた肉と、少し焦げた香草やにんにくが詰まっていた。焼いた肉の匂いに混ざって、にんにくの食欲をそそる香りが漂ってくる。
 カルナは鍋の中から、ひときわ大きな塊を指先でつまみ、アルマの口元に寄せた。

「食いながらでいい、次にいくぞ」

 アルマの口に肉を押しつけて、カルナはさっさと踵を返す。
 肉に嚙みついたまま、大事な食事を分けてくれたドルシーにぺこりと頭を下げて、アルマはカルナを追いかけ、見張り塔を出た。
 肉は筋張って硬いが、噛めば噛むほどに旨味が溢れ出してくる。骨の周りの肉を綺麗にこそげながら、カルナが指差した方を見やる。
 そこは、アルマが来た当初、畑らしきものと形容した荒地だった。今朝、霜が降りたのか、雑草や土がうっすらと濡れている。

「しばらくは畑もやっていたが、飽きてやめた」
「飽きたって……」
「俺一人なら、裏山で鹿や狼を狩れば事足りるからな。野菜を育てる意味が分からなかった」

 カルナは飢えに強いと言っていたから、そのことも関係しているのかもしれない。食べなくてもいい野菜を作るのが、手間なのは確かだ。
 しかし、砦の性質上、敵が攻めてきたときは裏山はおろか、砦の外には出られないはず。何日に渡るか分からない戦いの中でも、カルナはほとんど食べずにいられるのだろうか。

 アルマの頭に恐ろしい考えがよぎった。生贄は、戦いが始まって砦に食糧を供給できなくなったときのために、存在しているのではないか。家畜のように普段は餌を与えて生かしておいて、食糧の滞る有事の際に食べるつもりなのだとしたら。
 カルナがアルマに向かって「食べない」と言った理由も分かる。「今は」食べないだけであって、領土争いなどに巻き込まれて籠城することになったときのために生かし続ける算段なのだ。
 アルマは手元の肉をじっと見つめた。自分もいざというときは焼かれて食べられるのだろうか。それとも生きたまま?
 頭を振って、おぞましい考えを振り払う。

「おい、話聞いてんのか」

 カルナに呼びかけられて、アルマは会話に立ち返ろうとしたが、なにを話していたか覚えていない。素直に謝ったアルマに、深いため息が落ちる。

「だから、お前が食うもん確保するために、畑を整えた方が良いって話をしてんだよ」
「そ、そうだったのですね。すみません、全然聞いていなくて……」
「なにがそんなに気になるんだ?」

 カルナの紅い目が、アルマの顔を覗き込む。思ったことを口にしていいのだろうか。そもそも、なんと聞くべきなのか。

「わたしは――」

 やっぱり食べられるんですか。そう聞こうと思ったが、これでは前回のように食べないと言われて終わってしまう。もっと、的確に答えを引き出せるような……。

「わたしは、あの、非常食ですか?」
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