花の名前

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私が初めてこの店に足を踏み入れた時、時代遅れな店だなと感じた。コーヒーは店主がひとつひとつ自分で淹れているし、カップだって一つ一つ洗っている。洗浄魔法を使えばすぐ終わる作業なのに。しかし、店主の思いが詰まっていることがより一層感じられるからだろうか、私はこの独特な雰囲気が気に入った。

店内は輝かしい美しさに包まれていた。鮮やかなステンドグラスの窓、愛らしいティーカップ、そして店主の趣味であろうか、棚には数多くのぬいぐるみが詰まっていた。それらが醸し出す空気感により、私は過去へタイムリープしたかのように感じた。

窓際には黄色とオレンジのマリーゴールドが美しく飾られ、店内には暖かなコーヒーの香りが漂っていた。その匂いが鼻に届いた瞬間、私は安心感に包まれた。

店を訪ると決まってマリーゴールドが私を出迎えてくれた。店主はいつも恥ずかしそうに目を伏せて、コーヒーを出してくれた。そんな姿に、私は心を奪われた。店主に会いに、私はその店に通うようになった。

それから徐々に貴方との距離が縮まっていった。貴方は私に自分自身の話や花の話、そしてぬいぐるみの話をしてくれるようになった。私たちはプライベートでも会うようになり、私は彼と同性であることを忘れ、結婚の申し入れをした。

その後、私が店に入った時と同じような反応をして、彼は私のプロポーズを受け入れてくれた。
幸せでいっぱいだった私達は、付き合って2週間目に戦争に巻き込まれてしまった。私は騎士をしていて、すぐに前線に送り込まれることとなった。



それから3年経った今日。私は手足を失い、カカシのような欠損した体でもう一度貴方の店を訪れた。貴方の店があったはずの場所にはがれきが積み重なっており、建物ではなくなっていた。
端から入れそうな場所があり、どうせこの後、行くあてもないので入ってみることにした。

入ってみると、そこには懐かしい店内があった。おおよそ、戦争によって爆撃された後とは思えないような綺麗に保たれた店。懐かしい。そう言えば貴方の得意としていた魔法は保護魔法だったなぁ。微かにコーヒーの匂いがする。ここだけ、時間が進んでいなかったかのようだ。ここだけが、まだかつてのようにキラキラと輝きを放っていた。

そんな、懐かしい店の雰囲気と、懐かしいコーヒーの匂いに包まれて、安心してしまったのか、今までの疲労がドッと襲って来て、私は眠りについてしまっていた。コーヒーの匂いと混ざって、ジャスミンの匂いがしていたことに気が付かないで……