エルフの求婚

桐乃乱

文字の大きさ
14 / 15
第一章

【六】エルフのお見合い、一人目③

しおりを挟む
「旅行です」
 げげっ。ピンクの唇がひん曲がったぞ。よく見ると、ピンポン玉ぐらいの黒いふわふわが口の端っこを引っ張っていた。

「あの黒いのって、精霊?」
「永樹にはそう見えるのね~。精霊は怒ると黒いオーラを発するのよ。で、嘘つきの悪い子にお仕置きするって訳」
「お仕置きって?」
「ふふふ。見ててご覧なさい」
 母さんがウインクしながらテーブルに置いてあるおしぼり袋を握ったら、パァンと破裂した。まさか、爆発するんじゃないよね?

「百合子さんのご趣味は?」
 美人の歪んだ顔も意に介さず、リオンが質問を繰り返した。

「……グムムム。若い男を飼うことよ。いまは三人マンションで囲ってるわ」
「百合子!」

 リオンが手を上げて、叫んだ青年を制する。相手はまるでドッグトレーナーに命令された犬のように背筋を伸ばした。これも精霊契約書の効果なのか?

「大石さん。囲う、とは。具体的に教えていただけますか?」
 氷の彫像が如く冷えきったリオンの態度に怯むかと思いきや、見合い相手の兄が代弁した。

「はははは。百合子は子犬と勘違いしてまして……ムググッ」
 怒った精霊がもう一人現れて、青年の口を引っ張った。いいぞ、精霊。

「こいつは大学の学費が払えない苦学生をホストクラブや居酒屋で見つけては、金で釣って同棲してるのさ。それも三人。逆ハーってやつ」
「俺は貞操観念の厳しい男でね、婚姻を結んだら浮気は許さないタイプだ。百合子さんはどうするつもりかな?」

 シニカルな笑みにうっとりしながら、女が口を開いた。

「イケメンは大歓迎よ。でも私より美人なのは少しムカつくけど。でもまあ、子供は生んであげるわ。飽きたら慰謝料ガッポリもらって別れればいいし」

 精霊が女の頭上で跳ねまくってるぞ。蹴りの効果で化けの皮が剥がれっぱなしなのか。

「エルフの婚姻は死を分かつまで解消できない」
 おまけに浮気をしたら精霊王によって罰を受けちゃいますよ~。

「えー、めんどくさ。エルフって束縛系なんだ」
「そのかわり新婚旅行は世界中を回ろう。そう、三十年ぐらいがいいかな」

 おーい、リオン。日本人の平均ハネムーンは一週間だよー。その蠱惑的こわくてきな瞳で誘われたら、僕だって即OKだよ……。

「まずはパリで最先端の服が欲しいわ。250歳なら、お金だってあるでしょ」
「あいにくと、ここ百年は母国で農業に勤しんでたので財産は田畑ぐらいしかないかな……」
「ちょっと、話が違うじゃない!」
「百合子、とりあえず結婚して新婚旅行先でこいつを金持ちババアに売っちまえよ」
「ナイスアイデアね、兄さん」

 まさかの犯罪発言!

「これ見合いじゃないでしょ。相手が酷すぎるよ!」
 僕が怒りのあまり椅子から立ち上がると、仲人さんが平身低頭して詫びた。

「ごめんなさいね。ヨウコ様の遠縁だからとご紹介しましたのに。どうやら人間ではなく、悪鬼だったようですわ」
「リオン、ごめんなさいね」
「どうぞお気になさらず。【精霊王よ、契約を破りし者にお裁きを――】」

 リオンも立ち上がりシャンデリアの輝く天井に向かって祈ると、真っ黒な穴が現れた。驚いた僕がリオンの手を借りて椅子に座り込んだ瞬間、人間の二倍はある獣手が穴から伸びてきた。白い毛に覆われた爪先が銀色に光っている。人間の頭ぐらいのそれが、醜悪兄妹を鷲掴みした。

「ぎゃああああ!」
「やめろ!」
 悲鳴は手と共に天井へ吸い込まれていった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

処理中です...