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第一章
【六】エルフのお見合い、一人目③
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「旅行です」
げげっ。ピンクの唇がひん曲がったぞ。よく見ると、ピンポン玉ぐらいの黒いふわふわが口の端っこを引っ張っていた。
「あの黒いのって、精霊?」
「永樹にはそう見えるのね~。精霊は怒ると黒いオーラを発するのよ。で、嘘つきの悪い子にお仕置きするって訳」
「お仕置きって?」
「ふふふ。見ててご覧なさい」
母さんがウインクしながらテーブルに置いてあるおしぼり袋を握ったら、パァンと破裂した。まさか、爆発するんじゃないよね?
「百合子さんのご趣味は?」
美人の歪んだ顔も意に介さず、リオンが質問を繰り返した。
「……グムムム。若い男を飼うことよ。いまは三人マンションで囲ってるわ」
「百合子!」
リオンが手を上げて、叫んだ青年を制する。相手はまるでドッグトレーナーに命令された犬のように背筋を伸ばした。これも精霊契約書の効果なのか?
「大石さん。囲う、とは。具体的に教えていただけますか?」
氷の彫像が如く冷えきったリオンの態度に怯むかと思いきや、見合い相手の兄が代弁した。
「はははは。百合子は子犬と勘違いしてまして……ムググッ」
怒った精霊がもう一人現れて、青年の口を引っ張った。いいぞ、精霊。
「こいつは大学の学費が払えない苦学生をホストクラブや居酒屋で見つけては、金で釣って同棲してるのさ。それも三人。逆ハーってやつ」
「俺は貞操観念の厳しい男でね、婚姻を結んだら浮気は許さないタイプだ。百合子さんはどうするつもりかな?」
シニカルな笑みにうっとりしながら、女が口を開いた。
「イケメンは大歓迎よ。でも私より美人なのは少しムカつくけど。でもまあ、子供は生んであげるわ。飽きたら慰謝料ガッポリもらって別れればいいし」
精霊が女の頭上で跳ねまくってるぞ。蹴りの効果で化けの皮が剥がれっぱなしなのか。
「エルフの婚姻は死を分かつまで解消できない」
おまけに浮気をしたら精霊王によって罰を受けちゃいますよ~。
「えー、めんどくさ。エルフって束縛系なんだ」
「そのかわり新婚旅行は世界中を回ろう。そう、三十年ぐらいがいいかな」
おーい、リオン。日本人の平均ハネムーンは一週間だよー。その蠱惑的な瞳で誘われたら、僕だって即OKだよ……。
「まずはパリで最先端の服が欲しいわ。250歳なら、お金だってあるでしょ」
「あいにくと、ここ百年は母国で農業に勤しんでたので財産は田畑ぐらいしかないかな……」
「ちょっと、話が違うじゃない!」
「百合子、とりあえず結婚して新婚旅行先でこいつを金持ちババアに売っちまえよ」
「ナイスアイデアね、兄さん」
まさかの犯罪発言!
「これ見合いじゃないでしょ。相手が酷すぎるよ!」
僕が怒りのあまり椅子から立ち上がると、仲人さんが平身低頭して詫びた。
「ごめんなさいね。ヨウコ様の遠縁だからとご紹介しましたのに。どうやら人間ではなく、悪鬼だったようですわ」
「リオン、ごめんなさいね」
「どうぞお気になさらず。【精霊王よ、契約を破りし者にお裁きを――】」
リオンも立ち上がりシャンデリアの輝く天井に向かって祈ると、真っ黒な穴が現れた。驚いた僕がリオンの手を借りて椅子に座り込んだ瞬間、人間の二倍はある獣手が穴から伸びてきた。白い毛に覆われた爪先が銀色に光っている。人間の頭ぐらいのそれが、醜悪兄妹を鷲掴みした。
「ぎゃああああ!」
「やめろ!」
悲鳴は手と共に天井へ吸い込まれていった――。
げげっ。ピンクの唇がひん曲がったぞ。よく見ると、ピンポン玉ぐらいの黒いふわふわが口の端っこを引っ張っていた。
「あの黒いのって、精霊?」
「永樹にはそう見えるのね~。精霊は怒ると黒いオーラを発するのよ。で、嘘つきの悪い子にお仕置きするって訳」
「お仕置きって?」
「ふふふ。見ててご覧なさい」
母さんがウインクしながらテーブルに置いてあるおしぼり袋を握ったら、パァンと破裂した。まさか、爆発するんじゃないよね?
「百合子さんのご趣味は?」
美人の歪んだ顔も意に介さず、リオンが質問を繰り返した。
「……グムムム。若い男を飼うことよ。いまは三人マンションで囲ってるわ」
「百合子!」
リオンが手を上げて、叫んだ青年を制する。相手はまるでドッグトレーナーに命令された犬のように背筋を伸ばした。これも精霊契約書の効果なのか?
「大石さん。囲う、とは。具体的に教えていただけますか?」
氷の彫像が如く冷えきったリオンの態度に怯むかと思いきや、見合い相手の兄が代弁した。
「はははは。百合子は子犬と勘違いしてまして……ムググッ」
怒った精霊がもう一人現れて、青年の口を引っ張った。いいぞ、精霊。
「こいつは大学の学費が払えない苦学生をホストクラブや居酒屋で見つけては、金で釣って同棲してるのさ。それも三人。逆ハーってやつ」
「俺は貞操観念の厳しい男でね、婚姻を結んだら浮気は許さないタイプだ。百合子さんはどうするつもりかな?」
シニカルな笑みにうっとりしながら、女が口を開いた。
「イケメンは大歓迎よ。でも私より美人なのは少しムカつくけど。でもまあ、子供は生んであげるわ。飽きたら慰謝料ガッポリもらって別れればいいし」
精霊が女の頭上で跳ねまくってるぞ。蹴りの効果で化けの皮が剥がれっぱなしなのか。
「エルフの婚姻は死を分かつまで解消できない」
おまけに浮気をしたら精霊王によって罰を受けちゃいますよ~。
「えー、めんどくさ。エルフって束縛系なんだ」
「そのかわり新婚旅行は世界中を回ろう。そう、三十年ぐらいがいいかな」
おーい、リオン。日本人の平均ハネムーンは一週間だよー。その蠱惑的な瞳で誘われたら、僕だって即OKだよ……。
「まずはパリで最先端の服が欲しいわ。250歳なら、お金だってあるでしょ」
「あいにくと、ここ百年は母国で農業に勤しんでたので財産は田畑ぐらいしかないかな……」
「ちょっと、話が違うじゃない!」
「百合子、とりあえず結婚して新婚旅行先でこいつを金持ちババアに売っちまえよ」
「ナイスアイデアね、兄さん」
まさかの犯罪発言!
「これ見合いじゃないでしょ。相手が酷すぎるよ!」
僕が怒りのあまり椅子から立ち上がると、仲人さんが平身低頭して詫びた。
「ごめんなさいね。ヨウコ様の遠縁だからとご紹介しましたのに。どうやら人間ではなく、悪鬼だったようですわ」
「リオン、ごめんなさいね」
「どうぞお気になさらず。【精霊王よ、契約を破りし者にお裁きを――】」
リオンも立ち上がりシャンデリアの輝く天井に向かって祈ると、真っ黒な穴が現れた。驚いた僕がリオンの手を借りて椅子に座り込んだ瞬間、人間の二倍はある獣手が穴から伸びてきた。白い毛に覆われた爪先が銀色に光っている。人間の頭ぐらいのそれが、醜悪兄妹を鷲掴みした。
「ぎゃああああ!」
「やめろ!」
悲鳴は手と共に天井へ吸い込まれていった――。
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